●「モロッコのグアルディオラ」

FIFAワールドカップカタール2022準々決勝、ポルトガル代表対モロッコ代表が現地時間10日に行われた、1-0でモロッコ代表が勝利した。アフリカ勢初のベスト4はいかにして成し遂げられたのか。戦術的特徴と、独特な選手の個性がその理由の一部となりそうだ。(文:西部謙司)
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 息を呑むほどの高いジャンプだった。ルベン・ディアス、GKジオゴ・コスタのはるか上に跳び上がっているように見えた。ユセフ・エン=ネシリのヘディングシュートは、1990年ワールドカップの開幕戦におけるアントワーヌ・オマンビイク(カメルーン代表)以来の衝撃だった。

 モロッコ代表の得点はこの1点のみ。ボール保持率はポルトガル代表に圧倒され、終盤は怒涛の攻撃を耐え抜く展開になった。しかし、ゲーム全体としてはモロッコ代表のペースで進んでいて、勝利に値するプレーぶりだったと思う。

 4-1-4-1のコンパクトな守備ブロックでミドルゾーンに構え、相手が少しでも侵入の気配をみせると担当レーンを守る選手がすかさず前に出てプレッシャーをかける。複数でパスの方向を絞り込み、一気に仕留めていく守備は洗練されていた。ボールホルダーに寄せていく速さ、球際の強さも十分。「モロッコのグアルディオラ」と呼ばれるワリド・レグラギ監督による守備組織の構築は今大会での躍進を支えている。

 そして局地戦で相手のプレスを外す個人技、コンビネーションが素晴らしい。ポルトガル代表のハイプレスはしばしば外され、必然的にモロッコ代表のカウンターアタックからのチャンスが何度もあった。

 自分たちはハイプレスせず、圧力をかける場所を限定して洗練された守備ブロックで構える。相手のハイプレスに対してはトップクラスの技巧で外して自動的にカウンターを発動させる。

 このプレースタイルではどうしても相手のボールポゼッションが高くなるが、決定機は容易に作らせない。逆に、相手が前に出てきたところをひっくり返してのカウンターなので攻撃に威力が出る。だから数字上は劣勢だが試合内容はむしろ優勢で、より得点の匂いのする攻め込みが多いのだ。非常に合理的な戦い方といえる。

●ポルトガル代表を悩ませた“細身のジダン”

 アフリカ北西部のマグレブ(西方の意味)は技巧派の産地としてフランスではよく知られていた。1958年ワールドカップで大会記録の13ゴールを叩き込んだジュスト・フォンテーヌ(フランス代表)はモロッコの出身だ。俊足でテクニックも素晴らしく、シュート技術は圧巻だった。3位になったフランス代表は優勝したブラジル代表を超える得点を決めていたが、「戦術フォンテーヌ」といえるほどの存在感だった。

 フランスリーグには数々のマグレブの名選手がいたが、最も有名なのはジネディーヌ・ジダンだろう。両親がアルジェリア出身であるジダンのわけのわからないテクニックはマグレブのイメージそのものだった。

 今回のモロッコ代表にも“細身のジダン”みたいな選手がいる。ボールタッチと身のこなしの柔らかさは欧州の選手にはあまり見られないものだ。欧州の技巧派代表であるポルトガルの選手と比べてもひと味違う。

 かつてカサブランカで出会った合気道の先生いわく「モロッコ人は体の使い方が上手い」のだそうだ。アゼディン・ウナヒやソフィアン・ブファル、ハキム・ツィエクの軽やかな身のこなしはブラジル代表のネイマールを思わせるものがあった。

 捕まえたと思ったらスルリと抜け出される。ポルトガル代表はモロッコ人たちのすり抜けに悩まされ続けた。

●ポルトガル代表は“当たった相手が悪かった”

 スイス代表に大勝したポルトガル代表は同じメンバーを組んだ。モロッコ代表の守備はミドルゾーンからなので、その手前ではボールを持てる。CBルベン・ディアスは足裏でボールを踏みつけて全体を見渡し、序盤は相手の出方を確認していた。10分ほどの様子見を終えると、相手の浅いディフェンスラインの裏を狙ったロングボールを主力のアプローチとすることに決める。

 しかし、この攻め込みルートはあまり機能しなかった。クリアを拾ってのジョアン・フェリックスのシュートはあったが、ロングパスが流れてしまう場面もあり、メインの受け手であるジョアン・フェリックスも対面のアクラフ・ハキミを突破しきれない。

 中盤をスキップした攻撃が多いため、チームの心臓であるベルナルド・シルバ、ブルーノ・フェルナンデスを経由することが少なく、必然的にリズムが出なかった。ロングパス後のハイプレスを外されてしまっていたのも計算外だったろう。

 後半からは相手の隙間に立つ選手の足下へ縦パスを入れて圧縮させてから外す、ポルトガル代表らしい運び方に変えてみたが、モロッコ代表の圧縮のほうが速くて引っかかってしまう。

 後半開始から6分、ボランチのルベン・ネベスに代えてクリスティアーノ・ロナウドを投入、左SBラファエル・ゲレイロもジョアン・カンセロへ交代。システムを4-4-2として攻撃にリソースを注ぎ込む。その圧力にモロッコ代表の守備ブロックは徐々に下がり始め、ポルトガル代表らしい細かいパスワークからの攻撃がようやく増えていく。

 さらにラファエル・レオン、リカルド・オルタの突破型アタッカーも投入して総攻撃。終盤はペペ、ルベン・ディアスも上げてのハイクロスによるパワープレーとやれることは全部やった。しかし、攻勢をかけながらもモロッコ代表のカウンターアタックにも悩まされ続け、1-0のままタイムアップとなった。

 完成度の高い今回のポルトガル代表は初優勝を狙える力を持っていたが、モロッコ代表はそれをわずかだが上回っていた。大会前の下馬評からいえばおかしな言い方になるかもしれないが、今回は当たった相手が悪かった。

(文:西部謙司)

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