MLSのビッグクラブであるLAギャラクシーに移籍することになった元日本代表DF吉田麻也。

その彼がTOKYOFMをキーステーションに放送中の「チャレンジ&カバー」であのPK失敗について語った。

昨年末のワールドカップ、吉田はクロアチアとのPK戦でキッカーに立つも、相手GKドミニク・リヴァコヴィッチが阻止。

吉田は、一流選手でも難しいPK戦は「ほぼ運のみな気がしますが、 上手い下手ってあるんですか?」との質問にこう答えていた。

「さぁ、PKの話になってますけど、僕のW杯の傷口にまた塩を塗るような質問がやってまいりました。

大きな大会だとね、PKを外したのが印象に残ったりしますけども、有名なところだとイタリア代表のロベルト・バッジョとかいますけど。

このPK戦のプレッシャーというのは、何物にも代え難いというか、他に表現のできるような言い回しがないくらい緊張感があるPKですね。

運のみという人もいれば、テクニックだという人もいます。

(中略)

僕がW杯で外した時も(これまでのデータから)読まれていたんじゃないかなと思うんですけど、後々聞いたら勘で飛んだだけということだったそうです」

「まぁ、それにしてもW杯のPKは足が震えましたね…。

オリンピックの時は、先(自分の前に蹴る日本の選手たち)が決めていて、相手が外していたので、(遠藤)航が1本くらい外しても大丈夫ですよって言ってくれて、気が楽だったんですけど。

W杯の時は前2人が外していて、もうこれはまずいっていう状況だったんで。

震えましたねぇ…オチなし!(笑)」

クロアチア戦は1人目の南野拓実、2人目の三笘薫が外した後の4人目が吉田だった。

オリンピックのPK戦というのは、東京五輪準々決勝のニュージーランド戦のこと。吉田は同じように4人目として蹴ったが、その時は相手が2本外して、日本は3人全員が成功していた。

同じくオーバーエイジとして参加していた遠藤からは外しても大丈夫と声をかけられていたそう(遠藤が5人目だったということだろう)。

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吉田は東京五輪では左下にPKを決めており、W杯でも同じコースを狙ったが、足が震えていたとのこと。失敗してもOKだった五輪の時と比べると、確かに置きにいったようなキックだった。