別府ひき逃げ事件を追い続ける『ABEMA的ニュースショー』

 ——別府ひき逃げ事件を追うことになったきっかけを教えてください。

 事件を知ったのは発生から数日後、職場でニュースを見ていた時です。現場が私の地元で土地勘のある場所でしたが、当時は犯人もすぐに捕まるだろうと思いあまり気に留めていませんでした。しかしその半年後、地元に帰省した際に事件現場を通りかかると、情報提供を求める立て看板が置いてあり、まだ解決していないのかと驚きました。別府のような小さな街で、裸足で逃亡してなぜ半年も捕まらないのかと疑問が湧きました。

 そして、別府願う会(被害者とその友人らが容疑者逮捕のために作った有志団体)に連絡を取り、亡くなった大学生の遺族に会いに行きました。その時は取材ではなく、あくまで「仏壇に手を合わせたい」とだけ思っていましたが、そこでご両親が独力で八田容疑者について調べていることや警察の対応に不満を抱いている話を聞いていくうちに、自然と「一緒に八田を探しましょう」と言葉を発していました。

 こうした事件を世に広く伝えるために、インターネット動画配信サービスであるABEMAには“可能性”があると感じ、そこからは番組にも出演している“リーゼント刑事”こと元徳島県警警部の秋山博康氏とともに本格的に取材を開始しました。

 ——取材を進めていくなかで印象に残ったことはありますか。

 警察の対応への違和感です。捜査資料の開示請求を行っても、出てきた捜査資料はほぼ黒塗りになっていました。大分県警いわく「手の内をあかしてしまう」「他県警の捜査にも支障がでる」との事ですが、それでも遺族だけに開示して事実を知らせることくらいはできるはずです。

 また、県警は私の取材に「初動は適切であった」と繰り返しますが、財布もスマホも持たず裸足で、しかものどかな別府市内に逃げた容疑者を即座に捕まえていない以上、適切という言葉は不適切だと考え、番組を通じてそう訴えてきました。過ちを認めて遺族に謝罪する。そして挽回して警察の意地を見せる。それがないと遺族との本当の信頼関係は築けないと思います。

 ——事件発生から3年、なぜここまで番組として追い続けることができたのでしょうか。

 最初は“疑問”から始まり、遺族の話を聞いて悲しみや苦悩に共感し、取材を重ねていくなかで警察の対応や八田容疑者の人物像などいろいろなことを知ってしまったことで、徐々に“怒り”に変わっていきました。

 この事件は八田を捕まえないと何も始まらない。秋山氏が「警察に努力点はない。100点か0点だ」という言葉をよく使うのですが、警察は全力でやっていても捕まえなければ0点です。それは私たち番組側も同じことで、事件に関わった以上拡散する責任があると思って情報発信を続けていますが、結果を出せていない以上は0点です。だから、警察も番組側も100点を取るために、絶対に捕まえないといけません。

別府ひき逃げ事件の3年間

——2025年5月、八田容疑者の逮捕容疑に殺人と殺人未遂が新たに追加されました。ご遺族とともに番組でも訴えてきたことが結実して、一歩前進したともいえるのではないでしょうか。

 遺族の立場からすれば「遅すぎる」の一言です。殺人罪追加の一報を受けて私はすぐさま遺族の取材に行きました。しかしご両親は、支援してくれた方々への感謝の気持ちは口にしながらも殺人罪の追加については、驚きも喜びもないように私は感じました。当たり前のことが当たり前になっただけだからです。この「当たり前」のためにどれほどの労力が必要だったか。ずっと遺族と並走してきた私は、その気持ちが痛いほどわかりました。

なぜこんなに時間がかかったのか。警察は、殺人容疑の立証に時間を要したとしつつ、具体的な証拠については、差し控えるとしています。

しかし私の考えでは、八田容疑者が逃走している以上、被害者と共に事件に遭遇し怪我をした大学生Bさんの証言の信用性とその客観的な裏付けがすべてだったと思われます。Bさんが警察に伝えている内容は事件直後から今に至るまで一貫しています。つまり事件当初も今も、残されているものは変わらないということです。Bさんの証言をどう「評価」するか。防犯カメラの映像や現場の状況をどう「評価」するか。仮にその「評価」に3年を要したとすれば、この時間経過は大きな課題を残しています。

もちろん事実認定には慎重さが求められます。しかし今できたことは事件発生当初にもできたはずと個人的には感じています。当初から殺人で手配していれば全国的な関心、捜査体制も大きく違ったはず。また、署名活動などの相当な負担も抑えられたでしょう。手配事件は時間との勝負で1日経てば鮮度は落ち風化していくと、秋山氏も常々言っています。結果として、3年もの間そのリスクを冒していたわけです。なぜもっと早くできなかったのか、少なくとも遺族にその理由を伝えるべきです。

また、もう1点。もしこの3年の間に八田が捕まっていたらどうなっていたでしょう。結果として殺人容疑を立証する証拠があったとされたにもかかわらず当初の道交法違反容疑で逮捕・起訴されていた可能性もあります。

 確かに殺人罪で時効が撤廃されたことにより、八田容疑者から“逃走のゴール”を奪いました。一方で、時効がなくなったことで、捕まえる側にも“締切り”がなくなりました。県警には殺人罪追加までに要した3年間のロスを取り戻すためにも、今日にでも逮捕するくらいの捜査力を発揮して欲しいと思っています。

“被害者の目線”で報道するという決意

 ——本事件を報道するにあたり、『ABEMA的ニュースショー』としてこだわった点や注力したことなどを教えてください。

 報道機関としての公益性や情報のバランスを取ることはもちろん重要ですが、私個人の考えでは、完全な“客観報道”は存在しないと思っています。事件をそのまま伝えているつもりのストレートニュースにしても「警察の発表によると」という時点で“警察の見立て”を伝えていることになるからです。例として「八田容疑者についての情報提供が9600件以上(2025年5月末時点)寄せられました」というニュースも、ご遺族の立場でみれば「9600件もの情報が集まっていても、警察はいまだ逮捕できていません」と見方が変わります。

 メディアや報道機関は一定の読者・視聴者層をターゲットに設定し、そこに合わせて公平かつ慎重に情報を絞って報じています。そういった考えのなかで、この事件については、あくまで“被害者の立場”に立って、そこから見える景色や不条理を伝えることが大事だと思いました。私たちは、大分県警の記者クラブに属していません。だからこそ被害者や遺族の立場に立ってその心情や事実を忖度なく伝えるということを徹底しました。

 たとえば怪我をした大学生Bさんの証言をメディアで初めて取材し、事件の詳細を伝えることができました。また被害者の父親が亡くなった息子さんに今もLINEを送り続けていることも、私達だけが報じてきた事実です。遺族に寄り添い、遺族が考えていること、遺族から見える光景は何だろう。大切にしたいのは数字でなく人。そこにいる“人間”を深堀ることで多くの視聴者の心に訴えることができたのではないかと考えています。

事件当初はあまり世間では報道されていませんでしたが、『ABEMA的ニュースショー』で何度もこの事件を取り上げ続けたことで、様々なメディアも報道するようになり、警察を動かすきっかけのひとつを作ることができたのではないかと思っています。

 2023年にひき逃げでは全国で初めて重要指名手配に指定され、800万円という高額な懸賞金がかけられたことでSNSでも話題になりました。そしてさらに殺人容疑の追加。逮捕の可能性が高まるムーブメントはとてもありがたいことです。

 ——殺人罪を求める署名活動や目撃情報の提供・拡散など、このニュースは多くの人のアクションを誘発しました。なぜここまで世間を動かすことができたのでしょうか。

 きっかけとして、私達がいちはやく八田の音声と動画を公開したことが挙げられます。これにより関心度は急速に高まりました。そして話題化し多くのアクションを得られた理由としては、1つめに八田とSNSユーザーの年齢層が近く情報を身近に感じられる点。2つめに事件の動機や逃亡の仕方など多くの謎が含まれている点があると考えています。音声や動画という拡散しやすい素材があり、SNSやネットニュースのコメント欄などで憶測も含めて議論の共有化がなされ、“自分事化”した同世代のユーザーが拡散。そんな流れでニュースに“参加”したことが大きかったのではないでしょうか。この事件はインターネットやSNSとの親和性があったのではと考えています。

ニュースを「自分ごと化」させて、事件を終わらせないこと

 ——別府ひき逃げ事件を取り上げ続けるなかで感じたニュースの“役割”や“可能性”について教えてください。

 ニュースは次から次へと流れてくるので、そのひとつひとつへの注目度は長続きしにくくすぐに忘れられてしまうものもたくさんあります。それを定着させるためには視聴者に“自分事化”してもらう必要があります。この事件では取材記録を元にした再現ドラマを制作したのですが、それも「自分がこの事件の被害者がだったら?」と問いかけて自分事化してもらうことで記憶に定着させるための手法のひとつです。

 また『ABEMA的ニュースショー』は他のニュース番組では取り上げないような題材の選定や伝え方を常に意識しています。インターネットの特性を生かして日曜正午から2時間の生放送中だけでは終わらない“いつでも何度でもみたくなるようなニュース”を目指しています。

 八田の新たな関係者が現れたというニュースにしても事象を伝えるだけではありません。全国の視聴者に自分事化してもらい拡散や情報提供といったアクションを起こしてもらうためにも、これまで取材していない北海道や東北などの地域にも足を運び、日本中に認知を広めることで逮捕につながる可能性を上げていきたいと思っています。

 ——八田容疑者が逮捕されたとき、番組で何を伝えたいですか。

 事件の真相についてはもちろんですが、ずっと辛抱し続けてきた遺族の気持ちをどこよりも早く長く深く伝えるつもりです。

 世間的には、逮捕されれば“解決”、何年もこの状態が続けば“未解決事件”としていつかは忘れられてしまうかもしれません。しかし遺族にとって逮捕はひとつの節目でしかなく、息子さんを亡くした無念や心の傷が癒えることはありません。

 あの時、こうしていたら八田に会うことはなかったのに。あの時、こうしていたら違う道があって別府に行かずに済んだのに。遡れば、無限に出てくる「あの時」。母親は今でも、どうすることもできない感情と向き合い続けています。一方で、息子の死を無駄にさせまいとこの事件が残した教訓を活かし、少しでも世の中を変える活動をしていきたいとも話しています。その想いに私達も並走していくつもりです。

 遺族や被害者の立場で報道する私達がやるべきことは、その時々の問題を伝え続け「終わらせない」ことでもあります。

 『ABEMA的ニュースショー』は「八田逮捕」のニュースを伝えるために、今日も明日もスタンバイをしています。

『ABEMA的ニュースショー』 https://abema.tv/video/title/89-76

毎週日曜昼12時から生放送中の「社会派」ニュースショー。
独自取材と目線で、世間をざわつかせている話題沸騰のニュースの核心「的」を射貫きます。また、時にはあえて「的」を外した独自取材でお伝えすることで、世の中で言われている「的(マト)=正義」に疑問を投げかけます。鋭いツッコミに定評のある千原ジュニアが、一癖も二癖もあるゲストらと1週間のニュースをしゃべり倒します。

◆谷口 欽也氏
株式会社アリソ・デ・ナサソ 代表取締役社長
ABEMA NEWS「ABEMA的ニュースショー」総合演出
大学卒業後、オフィス・トゥー・ワン入社。退社後フリーランスを経て2010年に株式会社アリソ・デ・ナサソを設立。現在は、『ABEMA的ニュースショー』の総合演出を担当するほか、情報バラエティ、ドキュメンタリーの演出や構成などを務める。

「ABEMA」はテレビのイノベーションを目指し"新しい未来のテレビ"として展開する動画配信事業。

ニュースや恋愛番組、アニメ、スポーツなど多彩なジャンルの約25チャンネルを24時間365日放送。CM配信から企画まで、プロモーションの目的に応じて多様な広告メニューを展開しています。

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