――業界内外でも話題になった今回のプロジェクトですが、どのような技術を採用したのでしょうか?
佐野:ARやVRの市場が伸びてきている中、3Dコンテンツのデータ圧縮技術はこれから需要が高まります。データも膨大になってくるので、我々KDDIおよびKDDI総合研究所としてどうデータ伝送するか、特に映像の品質を落とさずネットワークで送ることについて、いろいろな取り組みをしてきました。
今回用いた3Dメッシュ映像では、人物などの動きを自然にかつ忠実に再現することができます。ゲームやエンターテイメント領域で使われているデータ形式ですね。データの容量がとても膨大なので、そのまま伝送すると映像がスムーズに再生されない、正確に再生されないことがあります。ですから、映像品質を落とさず、データサイズを小さく圧縮することが必要です。

今回は、あらかじめスタジオで収録した3Dメッシュ映像のデータを、KDDI総合研究所が開発していた技術で圧縮、Apple Vision Proというデバイスにダウンロードし、それを解凍しながら再生するという処理をしました。端末やネットワークに影響がない形で、お客様に映像体験を届けることができました。
――プロジェクトに採用するコンテンツについて、「ABEMA」と連携しプロレスリング・ノア(以下、NOAH)に決めた理由をお願いします。
佐野:(スマートグラスである)Apple Vision Proというデバイスは、お客様にとってずっとつけてなければいけないハードルがありますので、それを乗り越えるだけの熱量があるお客様、ファンのいるIPコンテンツがいいだろうと思っていました。「ABEMA」さんとは、以前からスポーツやエンタメの分野で深く連携させていただいていたので、新しいデバイスに対するコンテンツとして何がいいのか、どういう見せ方がいいのかという点についてご相談に乗っていただきやすかったこともあり、ご一緒させていただきました。
「熱量があるファンがいるIP」というのが絶対条件の中、いくつか候補をいただきました。3Dで見た時に、どう面白くなるかもかなり大事でしたね。今回選んだプロレスは、いろいろな角度から選手の技、選手自身を見られるところが面白いというお話があり、「ABEMA」さんのプッシュもあって決めました。技術的にはボリュメトリック(時間と空間を丸ごと撮影して3Dデータ化する技術)という3Dの撮影方法に向いているという点でも、プロレスというスポーツとは相性がいいと考えました。
――実際に完成した映像の出来栄え、反応はいかがでしたか。

佐野:すごく迫力がありましたね。実際にプロレスが行われる試合会場で体験いただいたお客様でも、すごく声を出していたり、思わず体を動かしてしゃがんでいたり。大ファンの方は、Apple Vision Proをかけて「おおっ!」となっていたりと、臨場感がとてもありましたね。相手から技を受けるという、選手になりきる視点もできたので、そういった体験はなかなか2Dや試合会場での観戦でもできないものだと思います。アンケートでは6割以上のお客様から10段階で「10」という評価をいただけましたし、(プロレスに対して)本当に熱量ある人からすごく評価されたと思います。Apple Vision Proというデバイスのおかげもあり映像がきれいだったので、今までのVRよりも質の高い映像表現ができていて期待以上でした。
――KDDI社内での反響も、とてもよかったとお聞きしました。
佐野:そうですね。まずプロジェクトの記者会見の時に、若手社員を呼びました。その段階から「(入社してから)今までで一番ワクワクしました」と言っていましたよ(笑)。この取り組み自体、弊社にとってもワクワクする体験を作れました。我々のオウンドの媒体でも発信したのですが、たくさん「いいね」の評価をもらえました。この施策を通じて、プロレスファンになった社員もいるんですよ(笑)。コンテンツを届ける側としても、新たに好きになる人が増えるというのはとてもよかったと思います。
――単にリアルに表現をするだけではなく、エフェクトをかけるなど3D空間ならではの施策もありました。

佐野:ゲームっぽくエフェクトをかけたところは、XRならではの見せ方だと思いますし、新しい楽しみを出せたと思います。どこまでできるかわかりませんが、時間があればインタラクティブ(双方向的)な要素も入れたかったですね。何か自分のアクションによって選手の動きが変わる、試合結果が変わる、もしくは選手自体を本当にゲームみたいに操作できるようなところまで踏み込めるとより期待感も上がります。今回はやり切れませんでしたが、次回以降にはチャレンジしたいですし、いろいろと想像・妄想が広がる体験にしたいです。
――ありがとうございます。「ABEMA」側としては、今回NOAHというプロレスコンテンツを提供することになりました。プロジェクトに参加した感触・感想はいかがですか。
福永:プロレスに限らず格闘技全般は、このプロジェクトと相性がとても良いかなと思っていました。「リングの中で戦う」という限られたエリアでの表現が、撮影のしやすさに繋がっています。レスラーが「組み合う」ことがこんなにもきれいに表現できるのかというのは驚きでしたね。視点によっては、選手2人が組み合っている間に入ってしまうようなことまでできたので、すごくよかったと思います。
――今後、提供・提案してみたいコンテンツには、どんなものがありますか。

福永:音楽ライブやスポーツ全般で挑戦したいという話が上がっています。特にライブに関しては、我々がいろいろなフェスやイベントの配信を行っているので、そこにカメラを仕込んでVRを作っていくというのも非常に相性が良さそうです。スポーツでは既にボリュメトリックがいろいろなところで採用されていて、この春に東京ドームで行われたMLBの試合でも使われていましたね。
佐野:ご相談の中では「相撲はどうだろう」というお話も出ましたよね。新しいターゲットというか、ファンもさらに広がりそうな感じがしています。
福永:力士の手に「バーン!」とエフェクトがかかって、張り手の強さまで出たりしたら、もうすごく面白いですよね(笑)。
――今後の技術発展についても伺います。3Dメッシュ映像データの圧縮技術を使うことによって、今後のコンテンツの見せ方、扱えるものなど、どんな可能性や方向性が考えられますか。

佐野:今回は事前に収録したものをダウンロードして再生するというものでしたが、リアルタイムで現地の試合をそのまま見せられる技術もありますし、クラウドからストリーミングすることもできると思うので、まずそこにチャレンジしていきたいです。実験上ではできているので、あとは環境をきちんと整備していけば、近い将来にリアルタイム配信はできると思います。あとはグローバルで増えているメタバース上でのライブが日本でもこれから伸びると言われており、そこにも活用できるという話もしています。
福永:今回撮影したスタジオでも、プロレスではなく、ダンサーの方が踊ってそのデータをリアルタイムで圧縮・伝送することも実際にしていますし、記者会見でも行いました。あれを見て、少しイメージが膨らみましたね。音楽ライブ自体はスタジオで収録して、その3Dメッシュ映像データを配信するようなことは、「ABEMA」でも今後できると思いました。
佐野:普通のライブ会場からそのまま中継するには、撮影側の技術も少し上げなければいけませんが、そういったこともやっていけば、本当にリアルタイムで制約なく、同時に、ユーザーがどこにいても同じ体験できるようになると思います。
――3Dコンテンツを視聴する技術が発展することで、広告表現という点でも違った体験、訴求ができるようになりますか。
佐野:広告といえば今までは2DでCM的な入れ方みたいな表現でしたが、それが3Dコンテンツ内であれば置ける場所が増えますよね。屋外のOOHみたいなイメージになれば、広告の場所だけでなく、広告の価値そのものも変わってくるかもしれません。たとえば3Dで目線が集まる場所、プロレス選手なら衣装とかマット、そういうポイントを狙って広告掲出できる可能性も出てきます。それこそデジタルですから、お客様の視線もトラックできるはずで、このポイントがどれぐらい見られている、広告としての価値も高い場所という定義もできます。そういう3Dならではの広告というのは、すごく面白いと思いますね。
――「ABEMA」という媒体の立場から、広告領域に関して期待している点はどこですか。
福永:先ほどは現実的にイメージできる音楽コンテンツのお話をしましたが、例えばドラマコンテンツのVR化ができると、ドラマの中で演者が着ているもの、乗っている自動車をそのまま(ネット上で)購買できるとか、そういう未来の広告も考えられます。また、スポーツコンテンツでは、先ほど話に出たエフェクト以外に、VRならではのスタッツ(成績・結果)表現もできますのでたとえば野球なら球速がどのくらいだったかを出し、そこに最適な広告を入れるなどして、ユーザーのストレスにならない広告の出し方もあると思います。つまりVRだからこそ、今までの2Dでの広告表現よりも、よりコンテンツそのものとの関連度の高いものが出せて、統一された体験ができると思っています。それによってストレスフリーな広告体験ができるのではとも考えています。
佐野:広告についてはKDDI側でも、いろいろと議論をしました。今の広告は、スキップするためにユーザーが課金するケースが多いと思いますが、3Dの世界になって、本当にコンテンツにマッチする広告が出るようになったら、むしろ課金をしてでも広告を出したくなるというか、広告も含めてコンテンツとして買うという概念にすらなるのかなとも考えました。
福永:われわれメディアとしても、いい広告、良質な広告体験こそが広告主にとって価値があると考えています。関連性が高くかつユーザーにとってストレスフリーで受け入れられる広告になり、それが広告主の効果として返っていき、そしてまた我々のコンテンツ費用にもつながっていくことで、無料でいろいろなユーザーに届けられるコンテンツが増えていくというサイクルを回していくことが理想です。その中の1つとして、VRにはすごく期待を寄せています。
――現実世界と仮想世界を融合したいわゆるXR(クロスリアリティ)が発展することでさまざまな体験価値が変わりそうですね。
佐野:最近のニュースでは、近い将来にApple Vision Airというデバイスが出るのではないかというニュースがありました。Googleも今年Android XRを出しますし、この数年で日本でもスマートグラス(メガネ型デバイス)を日常でかける世界に変わってくる可能性が高いです。そうすると、僕らが妄想してきたようなことが実際に起きて、たとえば渋谷の街並みにいても、人によって見えている世界が違うようにもなります。同じ渋谷なのに、レイヤーでラッピングされるようなイメージです。
そうなると本当に日常の中にXRが当たり前という世界になりますし、ショッピングをしている時でも、バーチャルというか、むしろリアルな感じで人が横にいて、一緒に買い物ができる、そんな世界観になっているかもしれないですね。
――ありがとうございました。
◆佐野学
KDDI株式会社 サービス・商品本部 サービス戦略部 エキスパート。入社以来、Iot・EC・AI・XR・Pontaパスなどの新規サービスの企画・推進を担当。また、新規サービス創出手段としてのM&A・CVC出資などの資本提携や、スタートアップ・アクセラレーションプログラム運営などのプロジェクトにも従事。現在は、toC向け新規サービス創出プロジェクトを統括。
◆福永亘
株式会社AbemaTV ビジネスディベロップメント本部 開発局 局長。2011 年、株式会社サイバーエージェントに入社。2017 年9 月より株式会社AbemaTVビジネスディベロップメント本部にて、広告配信サーバーの開発などを担当。新しい未来のテレビ「ABEMA」のマネタイズを、主に広告後術領域から立案・遂行。現在はOTTメディアにおける新しい視聴体験・広告体験の創出をテーマに開発を行っている。
「ABEMA」はテレビのイノベーションを目指し"新しい未来のテレビ"として展開する動画配信事業。
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