社会への大きな問いかけとなった、西日本新聞の「未就学児にいじめはあるのか?」という記事(5月10日)。きっかけは2023年6〜7月、当時都内の幼稚園に通っていた6歳の男児が受けた暴行だった。男児は別の園児3人に園内の物陰に引っ張られ、囲まれた状態で殴る蹴るを繰り返されたという。後にこのことを知った被害者男児の保護者が「なぜ先生にこのことを伝えなかったのか?」と尋ねると、「3人から言ったらただじゃおかねえぞと言われ言えなかった」「先生は信じてくれないから言わなかった」と説明したということだ。
このことがきっかけで、被害者男児は夜中に突然泣き出すなどの行動が続き、保護者は警察署への相談やこころのケアを行った。ただ、園側との話し合いで説明されたのは「いじめはそもそも幼稚園では存在していない。じゃれあいの延長線上でのこと」という内容だった。
実はいじめ防止対策推進法の対象に未就学児は含まれていない。文科省の幼稚園教育要領解説には、「幼児期は、他者との関わり合いの中で、さまざまな葛藤やつまずきなどを体験することを通して、将来の善悪の判断につながる」。つまり、未就学児はまだ善悪の区別が発達途上の段階。その行動をいじめとして扱うことは慎重に考えるべきだとして、政府は未就学児のいじめや暴力の実態について把握していないという。
“未就学児にいじめは存在しない”のか? 西日本新聞の記者と当事者家族とともに、『ABEMA Prime』で考えた。
■園側の対応は正しかった? 「いじめは把握されないからいじめだ」
当事者のタカダさんは「下の娘が肺炎で入院をしていたため、『あの頃はパパとママに言えなかった』と。思い返すと『頭が痛い』『お腹が痛い』とちょこちょこ言っていたのだが、9月の夜に泣き出し、『実はいじめに遭っていた』と話してくれた。我々は腰が抜けたというか、そもそも未就学児にいじめが存在しているイメージがなかった」と当時の驚きを語る。
それを受け、10月に心療内科を受診。「いろいろなチェックをする中で、医師からは『間違いなくいじめがあったと考えたほうがいいだろう。あまり簡単に考えないでほしい』と。病院に来る頻度を聞かれ、『1カ月に2回くらい』と答えたら、『もう少し短いスパンで来てほしい』と言われ、これは大変な問題が起こったんだなと認識した」という。
幼稚園にも報告したが、11月に2回目のいじめが発生。「9月から12月までに4回話し合いを持ったが、園が策を講じることはなかった。2度目のいじめがあって、息子は幼稚園に行けなくなってしまった」。園側からは、「記録になく『いじめはなかった』と結論」「いじめがない以上、幼稚園に責任はなく、謝罪も不要」「そもそも幼稚園にいじめは存在していない」などの説明のほか、タカダさんが警察などに相談したことで、「幼稚園と保護者の信頼を損ねる行為。信頼関係がない以上、退園を考えていただきたい」と言われたそうだ(タカダさんの記録より)。
この件を取材した西日本新聞社報道センター部次長の坂本信博氏は「タカダさんの長男が小学校1年生であれば、いわゆるいじめ重大事態に認定される可能性が高いと感じた。一方で、幼児教育の関係者に聞くと、“幼児期にいじめは存在しない”“全て子どもの発達に必要な経験だ”と断言する方が少なくない。いじめ防止対策推進法が未就学児を対象にしていないことによって年齢の壁が生じ、泣き寝入りしている未就学児やご家族が全国にかなりいるのではないか」と指摘する。
タカダさんは「園側に(壁の)認識はなかったと思う。いじめは把握されないからいじめであって、把握していれば食い止められたと思う」「被害側と加害側の両方をケアをしてほしかった。もしかしたら加害のお子さんたちにも、“本当は言いたかった”という気持ちもあったかもしれない」と主張。
これに坂本氏は、「集団生活の中で生じる園児同士のいざこざや、友達づくりのつまずきというものは当然、成長過程で必要だと思う。ただ、相手に頻繁に執拗な苦痛を与えるものはやはりいじめだ。そこで加害側の子を罰するのではなくて、事態を深刻化させないこと、再発防止のために対策をとっていく体制が必要だ」と訴えた。
■国は慎重な姿勢…「心の傷は取り返しのつかないことにもなる」
法律上のいじめの定義は「児童等」に対して行われる行為としているが、この児童等は小学生以上を対象としている。タカダさんは「年長は小学生に片足を突っ込んでいるぐらいで、認識もしっかりある。“こういうことはやっちゃ駄目なんだよ”と教えて、小学校への橋渡しをしてほしい。子どもから聞くところだと、4月に入って“殴った”“蹴られた”みたいな話が出てくる。いじめの種は小学校に上がる前からあるもので、小学校1年生になった4月1日から花が咲く、ということはないはずだ。年中・年長さんぐらいからは、ある程度の線引きはさせてあげられると思う」との考えを述べる。
一方、坂本氏はいじめ防止対策推進法の観点から、「政府の答弁でも、“議員立法で10年前に成立した法律なので、未就学児を法律の対象に加えるかどうかは国会で議論いただきたい”という話にとどまっている。今回、大津市立の保育園のいじめ問題の被害者の方にお話を伺ったが、法務局に相談したところ“お気持ちはわかります。ただ、乳幼児・未就学児はいじめ防止対策法の対象外ですから、できることがかなり限られています”と言われたそうだ」と説明。
タカダさんも、長男を通わせていた園が私立だったことを引き合いに、「最初に渋谷区に連絡したら“公立ですか?私立ですか?”と聞かれ、私立と答えたら“なかなか難しいですね”と言われた」と明かした。
坂本氏は「大津市のそのお子さんは今小学生だが、適応障害と診断され、円形脱毛症は今も残っている」とした上で、「心の傷は取り返しのつかないことにもなるので、じゃれあいとの一線は明確に区別すべき。園だけの対処では限界があるので、行政主導でその仕組みを作っていくことがとても大事だ」と訴えた。(『ABEMA Prime』より)
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