そして、2018年8月6日、咲和さんは被爆者・下平作江さんと面会した。

「平和というバトンを次の世代の人たちにタッチしていただけたらいいなと思いますね」(被爆者・下平作江さん)

「はい」(咲和さん)

 こうした被爆者たちの体験や思いを咲和さんは世界中で伝え続ける。

「下平さんは10歳の時に被爆しました。下平さんは『どうか命を大切に生きて下さい』っておっしゃいます」(2021年長崎市立横尾中学校・咲和さん)

「世界の舞台に立って被爆者の方々の思いを伝えている。そんなお兄さんお姉さん(高校生平和大使)がとてもキラキラして見えました」(2022年大村小学校・咲和さん)

「友達がだんだん亡くなっていくのが分かって、毎日毎日追悼式がありよった」(2024年6月24日豪メルボルン日本人学校・咲和さん)

 そして、留学先のフィンランドからノルウェーのオスロへ。志を同じくする仲間たちとの出会いが待っていた。日本被団協代表理事・長崎被災協副会長の横山照子さん(83)だ。被爆80年に向けた取り組みの一環として作られた冊子が手渡された。

「本来だったら私たちが色んな国に出掛けて行ってお話した方が一番いいんでしょうけど、もうそれができないような状況の年齢になってしまったものですから。私たちも頑張りますから頑張って下さい」(横山さん)

「任せて下さい」(咲和さん)

「世界に届けたいという思いのもと英語の翻訳まで全部。中に折り鶴まで……」(咲和さん)

勇気をくれた被爆者の言葉「あなたたちは、未来の希望の光だ」
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