
当時19歳で四段だった増田八段は、炎の七番勝負出場の打診を受け、第1局を担うことに。「(対局の)半年前くらいに藤井さんと研究会で指したことがあったんですけど、その時は僕が勝ったんです。三段リーグを13勝5敗で抜けて(プロ入りして)いましたが、成績としてはギリギリですよね。だから、まだそんなに強くないのかなと思っていたんです」。
“西の天才”と呼ばれていた中学生棋士との対戦が決まった直後は、「当時、プロからしたら藤井新四段の強さがわからないんです。まあ、楽勝かなと思っていたんです」。特別に気負うことなく対局を引き受けたようだ。
藤井四段による異例の挑戦企画とあり他の棋士からも声を掛けられることが多かったというが、ただ一人、その少年に警戒心を持っていたのが佐々木八段だった。「僕は、『楽勝ですよね~』と話していたんです。佐々木さんも『楽勝でしょ~、それくらい』って言うタイプだと思っていたのに、『結構危ないと思う』って言われて…」。
藤井四段との一戦は、両者得意の角換わりの出だしに。中盤までは増田四段が優位に立って指し進めていたものの、藤井四段がひらめきの勝負手を放つと事態は一変。一気に優勢に立つと、そのまま攻め立てて95手で勝利した。
「佐々木八段の忠告を聞かなかったことも含めて、後悔しています」



