■母親と弁護士の“後悔”
福迫受刑者が殺害されてからおよそ3カ月、日本に住む母親と連絡が取れた。ニュースで息子の死を知った母親はショックでしばらく起き上がれなかったそうだ。
「テレビつけたら、雷太が映っているの。そしたら殺されましたって…もうびっくりしちゃってね。雷太ね、全身がんだったの。あまり苦しまないで死ねるように毎日祈っていたの。運命にしてもあまりにも殺されたっていうのはね……」
服役後、息子に面会できたのは、わずか2回。後悔が募るという。「こんなことになるのがわかっていたらね、もっとちゃんと抱きしめて、いろいろ話したかったのになぁなんて、そんなことばかり思っちゃう」。
後悔する人物がもう一人いる。ブレイナー弁護士だ。事務所の壁には、福迫受刑者の裁判の時に撮った写真が飾られていた。戒めだという。
「雷太のことを決して忘れないように……。彼を救えなかった。弁護を担当した当時の私は未熟で、今になって思えば、自分の力が至らなかった点もあります」
1995年8月24日。判決が言い渡された直後、福迫受刑者は意味深な発言をしている。
「友人と彼の母親を殺していません。この裁判に圧力をかけている方々に言いたい。お約束します。私は何も話しません。絶対にしゃべりません。だから私の家族には手を出さないで」。
1994年の事件と“疑惑”の判決
