■家族の“通訳”として育った幼少期
さくらさんは上京して8年、芸能事務所に所属し、様々なイベントや舞台で活動している。
広島に帰省すると、両親が必ず迎えにきてくれる。帰省は年に4回ほど。よく母と2人で買い物に出かける。買い物中は、店員が説明する内容を手話で伝える。
「『会話が通じていなくて困っているな』という時に、私が間に入って『聞こえる人と話す』ことは幼いころからあったと思います」(さくらさん)
姉2人は結婚して家を出ているため、実家には両親が2人で暮らしている。家の中には、来客を光で知らせるインターホンやお湯が沸くと光る電気ポットなどの機器があり、「目で見てわかる商品を選ぶ」と説明する。
母・ひとみさんと父・誠至さんは、ろう学校の文化祭で出会い結婚。先に生まれた姉2人は耳が聞こえなかった。そして生まれたさくらさんは耳が聞こえた。
ひとみさんは「うれしいというか不安。姉2人が生まれつき聞こえないので。特に(聞こえる)おばあちゃんとおじいちゃんがすごく喜んだ」と当時の心境を語る。
さくらさんはすぐに「音」に興味を持ち始めると、5歳で初めてのダンスレッスンを受け、6歳のときに初めてミュージカルの舞台に立った。小学校を卒業するときには、夢ができた。実は母・ひとみさんにも夢があった。音が“振動”として伝わる「タップダンス」が好きで、踊ることに憧れていた。しかし、ひとみさんは「私は聞こえないから踊れないし、音楽も聴けない。限界があるんですけど、やってみたい気持ちはあるんですけど、代わりに娘が踊ってくれてうれしい」と話す。
上京への迷いと「HANDSIGN」との出会い
