「おーい、赤ん坊がいるんだここに」次々と入る救助要請、消防隊員も犠牲に…100時間の消防無線が語る「3.11」の記録と教訓

テレメンタリー
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■「電柱倒壊事故発生」判断を迫られる隊員、夜通しの救助活動

江川圭さん
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 午後3時20分、「閖上大橋中間で電柱倒壊事故発生」。地震が原因の交通事故の救助で閖上大橋に出動していた江川圭さん。橋が通行できず、周辺では渋滞が発生。江川さんらは、車に乗っていた人に近くの閖上小学校に避難するよう呼び掛けた。

 江川さんは「避難を呼び掛けている最中に、一気に川の水が引いて川底が見えて、津波がどれくらいの高さでくるのか、橋の欄干を越えてくるのか、自分たちもそれで流される可能性があるのか。隊長として判断を迫られていた」と語る。

 その数分後、名取川を遡上する津波を確認。午後4時、「閖上 津波が上がっている」。

 江川さんは「茶色い濁流が一気に押し寄せてきて、だんだん増水していって、津波が堤防を越え始めたので、さらに危険な気持ちが高くなった」と話す。幸い、津波は橋げたを超えずに止まった。

 同じ現場に駆け付けた草野祐助さんは、あの日の光景が忘れられない。「閖上大橋から閖上の街並みを見て、津波被害を受けていて、燃えている建物が水面上にポツポツある。消防人としてそこで一区切り、踏ん切りがついた。これから長くなりそうだなっていう」。

 津波の到達直後から救助を求める住民の情報が相次ぐ。午後5時21分、「名取川付近で車が流され、車の上に10名くらい残されている」。

 草野さんも現場へ向かった。「車のボンネットの上に人影何人であそこにいるよなと探りながら行くような形。手でオールを漕いでやったが、半日近くずっと漕ぎっぱなし。夜になればなるほど引き潮が厳しくなって、漕いでも漕いでも動かない。行きたい方向に行けない。早く行きたいというもどかしさとともに活動していたのを覚えている」。

 手漕ぎのボートを使った、夜通しの救助活動。午前3時42分、赤ちゃんを含む10人全員を救出した。

緊迫の救助現場と“72時間の壁”への焦り
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