「おーい、赤ん坊がいるんだここに」次々と入る救助要請、消防隊員も犠牲に…100時間の消防無線が語る「3.11」の記録と教訓

テレメンタリー
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■帰らぬ仲間への思いと、「想定を超える」災害への備え

13日 15時11分 集合住宅西側に消防団の車両発見 中より2名の遺体確認
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 しかし、時間を追うごとに少なくなる生存者。そのさなかに飛び込んできた、無線。13日午後2時57分、「閖上1の浮き輪が五差路北東の閖上1丁目地内にて発見」。午後3時11分、「集合住宅西側に消防団の車両発見 中より2名の遺体確認」。

 石川さんは「うちの同僚、私から見たら先輩3人でしたけど、3人が見つからない。『消防団の方も亡くなっているようだ』『消防車が潰れてあった』という話がみんなにだんだん広まっていって、すごくそこも……つらかった思いはありますね」と無念さをにじませる。

 地震から97時間経った15日午後4時6分、「要救助者残り2名救出済 救助完了」。車内に取り残されていた4人の女性を救出。これが最後の生存者となった。  

 地震から100時間。名取市消防本部が救助した人はおよそ460人。しかし、閖上地区では住民のおよそ1割に及ぶ754人が犠牲となった。閖上出張所の隊員3人と消防団員16人も帰らぬ人となった。

 東日本大震災消防殉職者慰霊碑に手を合わせる石川さん。「(津波から逃げる途中に)立ち止まって声を掛けられなかったのか。毎日のように顔を合わせていたし、いろいろな仕事を一緒にしてきた仲間なので、今思ってもやっぱり苦しいですね」。

 震災後、名取市消防本部では地震災害時の初動対応マニュアルを改訂。「津波到達予想時刻の10分前までに退避を完了する」と定めた。「現在はそれ(退避)をすることで、その後、多くの方を救出し、多くの命を助けることにつながると。震災を通じて得た教訓」(江川さん)

 2025年7月、ロシア・カムチャツカ半島沖を震源とする地震が発生。宮城県沿岸にも津波警報が発表された。

 いつ訪れるか分からない災害。隊員たちは日々、訓練を続けている。

 東日本大震災から15年、震災後に名取市消防本部に入った職員は全職員の半分になった。この春、定年を迎える石川さん。「想定だけで動かず、簡単に想定は超えてくるものだと念頭に置いてもらいながら、自分が助からないと他人を助けられないので、まずは自分の体力面であったり、訓練を通してその準備をしてもらう。この教訓を薄れさせることなく、ずっと語り継いでいってほしい」。

 次の災害を「想定外」としないために。教訓を、未来へ──。

(東日本放送制作 テレメンタリー『“3.11”を忘れない96 100時間の消防無線 ~宮城・名取 隊員たちの記録~』より)

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