防災に興味を持ったきっかけは東日本大震災 被災地の声を地元に
橋本さんは、防災に興味をもったきっかけとして「東日本大震災のとき、(幼稚園の)年長だったのだが、覚えているのは3・11が起きてすぐに父がいなくなった、 ずっとそのお母さんと一緒に暮らしていたっていう1カ月とか暮らしていた記憶」と、東日本大震災発生時の経験をあげた。
橋本さんの父親は医療関係者として被災地に入り、復興支援に携わっていたそうだ。橋本さん自身も父親と一緒に被災地を訪れ、被災者と直接話をしたという。「復興っていうのも1つ大事なんだけど、それを教訓として伝えていく。『同じことを繰り返さないでくれ』というのは父と一緒に行った被災地でも、自分で行った被災地でも色々な方に声をかけられた」と被災地の声を地元の防災に生かしたいと考えたそうだ。
鎌倉での防災活動に興味を持ち始めた中学生の時には、「中学校の時に、学校の避難訓練って逃げて終わりじゃないか。それはすごくもったいないと思って、学校と大喧嘩した。それをきっかけに、学校は変わらないっていうのを痛感して。じゃあ地域から変えてやろうということで、玄海を立ち上げた」と、中学3年生の時、映像編集が得意な友人、海人さんと2人で『玄海』をスタートさせたきっかけを明かした。『玄海』は2人の名前の漢字を1文字ずつとったものだという。
橋本さんは、高校1年生の時に防災士の資格を取得。『玄海』公式YouTubeでは、ハザードマップを持って街を歩き、災害時に注意すべき危険箇所を紹介する動画をYouTubeに投稿した。
『玄海』では現在、各地の学校で防災講習会を行っているほか、防災用品を使った“防災運動会”や、街を歩きながら危険箇所を探す“防災アドベンチャー”など、主体的に楽しく学べる防災教育を行っている。
橋本さんは、防災講習会などの防災教育について「小学生の子たちに宿題を1つだけ出してて、その宿題は『家に帰って防災の話をしてね』。これが一番重要だと思っていて、『今日防災の体験やったんだ。楽しかったよ』ってお家の人に話してもらって、それをお家の人たちが広げていく、そういう防災のきっかけづくりみたいなところ、防災をツールに防災を広げているみたいな…」と述べた。“楽しい”をきっかけに、元々防災には興味が無かったという学生たちも集まり、 2人で始まった『玄海』は、いまでは85人が所属する団体へと成長した。
4月に大学3年生になった橋本さんは、「防災の仕事をしたい。民間で。でも防災ってお金にならない。レベルの高いものはボランティアさんだったり、行政だったりから届けられていて、これってものすごくいいことだとは思うが、やっぱりプロを生むためには防災である程度生計が立てられる。私たちが“プロとして防災を届ける”ということによって、また新しい社会が生まれるんじゃないかなと思う」と『玄海』の代表を次の世代に引き継ぎ、自身は新たなステップへ進もうとしている。(『ABEMA Morning』より)
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