■元島民の切実な願いと、お笑い芸人の葛藤
「アップダウン」の2人が北方領土漫才を作ったきっかけは、元島民らで作る団体「千島連盟」からの依頼だった。元島民の平均年齢は89.6歳。若い世代にどう伝えていくのかが課題だ。
「相手を引き付けるというか、まずそこですよね。それが我々素人が一番弱いところ。いかに小学生とか中学生にまず関心を持ってもらえるか」(千島連盟の森弘樹専務理事)
千島連盟との打合せで、北方領土に関する資料を見た阿部さんは「こういうの見るとやっぱ、当たり前ですけど、人が生活していたんだなって」とつぶやく。竹森さんは「どう転んでもお笑い芸人なんで、お笑いは絶対入れるし」と伝える。阿部さんは「正直まだ分からないです。まだもっと深く知らないと輪郭が見えてこない」と悩む。
後日、竹森さんは元島民が多く暮らす羅臼町(らうすちょう)に向かった。
伊藤宏さん、90歳。10歳まで国後島で暮らしていた。「考えるもなんもなかった。ただ恐ろしいだけで。ここ(自宅の窓)から(国後島が)見えるんですよね。元気だったら行ってみたい」と島を見つめる。
択捉島、国後島、色丹島、そして歯舞群島からなる北方領土。1945年に旧ソ連軍に侵攻され、およそ1万7000人がふるさとの島を追われた。
竹森さんを待っていたのは国後島出身の2人。伊藤さんは、旧ソ連兵が自宅に踏み込んできた時のことをいまも鮮明に覚えている。「20人か30人で銃を持って。玄関の戸を開けるのに、銃でこう開けて。銃向けてこうやって入ってくるの。土足でね」(伊藤さん)
北方領土の問題をどう漫才に落とし込むのか。すべてが手探りだ。「僕らも同じレベルだと思うんですけど。実際ふわっとは知っているけど、なんで問題になっているのかあまり知らないっていう人が多いと思うから。まずそこから、これの何が問題なのかとか」(阿部さん)
「特攻隊」との出会いが変えた「お笑い」の道
