■「不謹慎と言われても」手探りのネタ作り
中村勝さん、87歳。歯舞群島・志発島(しぼつとう)出身だ。「私の祖父母のところでは(旧ソ連兵に)立派な柱時計を持っていかれた。貴重品みたいな物はみんな持っていったそうですよ。6歳か7歳ですからね。島の思い出があまりにもあるので、帰れなくなったという思い」(中村さん)
2024年12月、2人は竹森さんの自宅でネタ会議をしていた。
「地理的なことをまず説明するくだりをやろうかなと思っていて」(阿部さん)
「地理の説明ね」(竹森さん)
「ここが国後」(阿部さん)
「これどうしようかな、足りなくなっちゃうな」(阿部さん)
「足、足とかも使えば」(竹森さん)
「足使える?」(阿部さん)
「どうも私が北方領土です」(阿部さん)
「どうもネコタ・ネコキチです」「どうもホッカイ・ドウノスケです」(竹森さん)
「スベりそうだな」(阿部さん)
「ははははは」(竹森さん)
「この最後のメッセージだよね」(阿部さん)
「みなさん一人一人の力が世の中を変えることができるっていうのを伝えないと」(竹森さん)
「そっちじゃない気がするな。それだと北方領土返還の思いを発信しましょうになっちゃう気がする」(阿部さん)
「お笑いでそれを扱うとなると、どうしてもデリケートな問題ですから、不謹慎と思われる人もたくさんいらっしゃると思いますけど」と語る阿部さん。北方領土漫才の制作を依頼した千島連盟が行ったアンケートには、漫才のネタにすることを心配する声が寄せられていた。
「漫才というコンテンツはイコール『お笑い』のイメージが強く、特に元島民にとっては『不謹慎』ととられかねないと危惧しています」(アンケートより)
北方領土漫才の披露まで2週間。2人は追い込まれていた。「まだネタを構築している段階で、立ち稽古までは至っていないという状況」(竹森さん)、「ちょっと焦っています」(阿部さん)
笑いと涙で伝える「ふるさと」初披露の日
