■「何人死んだら動くんだよ」法改正への執念
2025年11月、彩乃さんは交通事故の遺族らの集まりに参加した。きっかけとなったのは、初公判前に届いたあの手紙。手紙をくれた井上保孝さん、郁美さん夫妻に招かれたのだ。
1999年11月、井上さん一家が乗った車が飲酒運転のトラックに追突され、3歳と1歳の娘2人が亡くなった。事故後、井上さん夫妻は交通犯罪の厳罰化を求めて活動し、危険運転致死傷罪の創設に繋がった。
「家族全員が被害に遭って入院を余儀なくされて、幼い子供が命を奪われたこと。我々の事故と重なるところがあって。応援していることをまず伝えたいなと思ったんです」(郁美さん)
会場にいるのは、同じように最愛の人を失った人たち。彩乃さんは、胸の内を明かすことができた。
「2024年9月に高知県への旅行で高速道路を走行中、相手が靴の履き替えを運転中にしていて正面衝突しました。8月に署名活動をしていたんです。そこに井上さんが連絡をくださって、こういうのがあるから来てみない?と声をかけていただいて。まだメンタルがぐちゃぐちゃなんですけど、来てみようかなと思って、今日、娘と2人で参加させていただきました。よろしくお願いします」
思いを分かち合える仲間に出会えた。彩乃さんは「26年前に事故を経験した井上さんご夫婦が、26年後の私を支えてくれている。この先誰かを支えられるかもしれないと思うと、精一杯やらないといけないなと思います」と決意を新たにする。
郁美さんは「神農さんはそういう力を持っていると思う。自分自身のことが一段落したときに、自分が受けたことを、次の被害者になってしまった人に力を授けることができる人だと思います」と話す。
会場で、娘は1歳の赤ちゃんを抱っこしていた。この子は交通事故で2歳上の兄を亡くしたという。
2026年2月、危険運転致死傷罪の見直しを検討していた法制審議会は、飲酒や速度の数値基準を作る案を決定した。「ながら運転」については、議論が深まらなかった。
彩乃さんは「この車は執念の塊」と語る。そして「危険運転が存在しているのに、そこに当てはまらないからと言ってこぼれ落ちている。『何人死んだら動くんだよ』と強く思います」と訴える。
執念の車は走り続ける。思いを遂げるその日まで。
※竹崎寿洋被告の「崎」は正式には「たつさき」
(朝日放送テレビ制作 テレメンタリー『これは過失か~“ながら運転”1歳児死亡事故~』より)
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