脳裏をよぎる6年前の「ダイヤモンド・プリンセス号」
しかし、私たちには忘れられない記憶が未だ鮮明に残っている。6年前のあの時も政府はこう言っていた。2020年1月、新型コロナが武漢で確認された直後のことだ。
「現時点において、限定的なヒト→ヒト感染の可能性は否定できないが、持続的なヒト→ヒトへの感染の明らかな証拠はない。国民の皆様におかれましても過剰に心配することなく、風邪やインフルエンザなどと同様、多い時期でもありますから咳エチケット、手洗いなど通常の感染対策をとっていただきたい」(加藤勝信厚生労働大臣・当時)
私たちの記憶は、あの時、その「大丈夫」の先に何が起きたのかを知っている 。
ダイヤモンド・プリンセス号は、横浜を出発し、アジアを巡るクルーズ航海中だった。1月25日、香港で1人の乗客が下船。その男性は2月1日、新型コロナウイルス陽性と判明する。これが、あの悲劇の最初のシグナルだった。
2月3日、ダイヤモンド・プリンセス号は横浜港に帰港。乗客乗員3711人、56の国と地域の人が乗船していた。日本政府は検疫法に基づき船内検疫を開始。乗客たちは、客室での「14日間の隔離生活」を強いられた。
2月5日の最初の検査で10人が陽性。2月7日には61人、2月10日には135人と、数字は日に日に膨れ上がっていった(厚生労働省による)。検疫官・厚労省職員・医療チームの中からも感染者が確認された。
CDC米疾病対策センターは「個人間の感染を防ぐには十分ではなかった可能性がある」と指摘。アメリカは自国民を強制帰国させ、テキサスの基地などで14日間隔離した。韓国、香港、オーストラリア、カナダ、イスラエルは、帰国希望者を自国のチャーター便で帰国させた。つまり、日本の検疫を問題視していたのだ。
ダイヤモンド・プリンセス号は最終的に、乗客乗員3711人のうち陽性確認が712人、死亡が国内で13人となった。それは、日本国内における新型コロナの「最初の大規模クラスター」だった 。あの時の「3711人」と、今回の「147人」は規模が違い、ウイルスの種類も違う。しかし、クルーズ船での集団感染という点では同じだ。
医師が鳴らす警鐘「はしかの方が危ない」
