紗倉まな「私自身、しんどいジャンルがあって今は拒んでいる」アダルトコンテンツの“制作側”が抱えるリアルな葛藤…児童買春の実態に「頭の中で想像していたけど心が痛んだ」

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“制作側”としての自問、そして「ファンタジー」という言い訳に葛藤

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 「加害者も生き直さなければならない」という重い現実。彼女の心に深く突き刺さったのは、自身の生業とあまりにも密接に結びついていたからだ。番組内で語られた「二次被害」という言葉が、ブーメランのように自身に返ってくる。

「私も女性が乱雑に扱われたり、尊厳を奪われたりするような企画の作品をリリースする側に立っています。作っている方も『二次加害者なんじゃないか』と悩むこともあるので、なんだか身につまされる思いというか……。児童ポルノとは別の領域だとしても、性欲の『抑止力』と『現実へのリスク』という対となる問題については、すごく考えさせられました」
 そうしたコンテンツが、歪んだ性欲の「ガス抜き(抑止力)」になっている側面はあるかもしれない。しかし同時に、一線を超えるトリガーにもなり得るのではないか。彼女自身、その答えを出せず、心は揺れ動いているという。

「実を言うと、私自身も痴漢モノやレイプ作品などのジャンルが結構しんどくて、今は拒んでいるんです。いくら『ファンタジー』だと言っても、その言葉だけで突き抜けられるかと言われたら、本当に正当なのかなと。それは作っている人間側も、常に悩んでいるところです。こういうVTRを見ると改めて現実を突きつけられますし、ファンタジーであるからといって、全部を抑制できるわけでは当然ないよね、という当たり前のことを思い知らされます」

「手なずけられる存在」へのまなざし。この番組を、決して他人事にしないために

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 紗倉の自問は、さらに現代社会における「性の消費構造」そのものへと深まっていく。加害者が口にした、子どもを「道具」として扱う心理。それは、私たちが生きる日常と地続きなのではないか。インタビューの最後、彼女はこの番組を「どういう人に見てほしいか」という問いに対して、真っ直ぐに、そして切実にこう語った。

「ニュースだけで見聞きして、『子どもに対して欲望を向ける大人がいるんだ、怖いね、どうしようもないね』というところで終わらせることもできます。でも、そのニュースの向こう側にも、いろんな葛藤を抱え、自分の欲望と向き合おうとしている当事者がいるんだということを知ってほしいです」

 単に「理解できない、許せない」と切り捨てるのは簡単だ。しかし、彼女の眼差しは、安全圏から石を投げるだけの社会に対して、痛烈な問いを突きつける。

「ひとえに小児性愛者と一括りにしても、罪悪感を抱くかどうかは人によって違います。ただ、自立していない相手に対して自分が主導権を握る、つまり自分にとって都合のいい『道具』として扱う心理は、対象が児童であっても大人であっても似ていると感じました。消費する対象に選ぶのは、基本的には自分の自尊心を傷つけないような、自立していない人だったりする。そうした根源的な欲望の対象が、より極端な形で子どもに向かってしまっているようにも見えます。この番組を観る方々にとっても、全然他人事として捉えるべきことではないんじゃないかな、と。その点においても、すごく強く思ったりしました」

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取材・文:東田俊介
写真:You Ishii

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