「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産へ 景観・遺跡を守るための法律「明日香法」を訴えた男性の存在、住民たちの暮らしのリアル

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“声の直訴状”が時の総理を動かした

 彼らを魅了するこの風景だが、自然に残ったわけではない。およそ50年にわたり、明日香の景観を守り続けてきた全国でも珍しい法律。その始まりは、ひとりの村民の訴えだった。

 和歌山生まれの東洋医学研究家・鍼灸師の御井敬三氏(1918〜1971年)は、明日香に魅せられ、この地へ移り住んだ。昭和40年代、高度経済成長の波は、明日香村にも押し寄せた。宅地開発は村のすぐ西側まで迫り、「このままでは明日香の風景が失われる」そんな危機感が広がっていた。

 視力の弱かった御井氏は、自らの思いをカセットテープに吹き込んだ。「村も村民の暮らしも国が守ってほしい。何より、村民が誇りを持って住めるように」。国に対し、“声の直訴状”で、明日香を守るための法律が必要だと訴えたのだ。

 鍼灸師でもある御井氏の患者の1人、パナソニックの創業者・松下幸之助氏がその声に共感し、時の総理・佐藤栄作氏の耳へ。佐藤総理はこう漏らしたという。「知らなかった。これでは総理とはいえんな」。

 当時を知る境山会長は「総理大臣を動かし、議員を動かし、明日香の開発を止めようと法律が作られた。御井さんの功績ではないか」と振り返る。

明日香法が守った「景観」
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