「朝市を復活して若い子につなぎたい」能登半島地震で店を失った食堂店主(56)どん底からキッチンカーで願う復活、災害で失った“若者の命”…そして見据える未来

テレメンタリー
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■昔のような朝市が戻ってくることを信じて…

紙浩之さん
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 朝市通りに露店を出していた人たちはいま、市内の別の場所で「出張輪島朝市」を開いている。

「輪島の復興のシンボルとしては、輪島朝市というのは重要な位置を占めていると思う。シンボル的に立ち上がるのがベスト。5年くらいのスパンを考えながら、(露店も)元の朝市エリアの方へ再度復活ということで(考えている)」(輪島市朝市組合・冨永長毅組合長)

 2025年8月、輪島最大のイベント「輪島大祭」が始まった。キリコと呼ばれる巨大な灯篭が町内を練り歩く。中心になっているのは若者たちだ。祭りのクライマックスでは、燃え盛る松明の下を神輿が回り、最後は松明が倒される。

 紙さんは「祭り楽しかった。こんないい祭りするんだ。久しぶりに来たけどいいのを見せてもらった。昔を思い出した。こんなとこで祭りやろうって大したもんだ。祭りしようって頑張っている。若い子も捨てたもんじゃない」としみじみ語る。  

 2025年10月、紙さんはかつて朝市が開かれていた場所にやってきた。「あっという間の1年半だった。もう2年。店出すと朝市のおばちゃんとかと仲良くなって、朝市っていいもんやなと思って。そういうところも上手に復興できたらなって思うけどね。昔みたいに気軽に喋れるような」。

 当面、店舗を出す予定はない。それでもいつか朝市が昔のような形で戻ってくることを信じている。

「輪島に住んで、当面キッチンカーを続けて、朝市も見守っていく?」(スタッフ)

「見守るって感じじゃないけどね。横目でチラチラって見るぐらいやと思うけど。諦めんようにずっと横目で見て。声が掛かったらなるだけ手助けするような形を取っていると思う」(紙さん)

「ここ輪島で?」(スタッフ)

「そう、ここ輪島で、ハハハ」(紙さん)

 2026年8月現在、輪島朝市の復興に向けて、輪島市は朝市通り沿いに木造平屋建ての商業施設4棟を整備する方針を固め、2027年春の仮設商店街オープン、および2030年の朝市再開を目指して本格的な工事やインフラ整備を進めている。紙さんが思い描く朝市の姿は戻ってくるのだろうか。

テレビ朝日制作 テレメンタリー『俺と朝市とキッチンカー~輪島 食堂店主の21か月~』より)

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