対局という場においては、日本中の話題をさらった天才棋士よりもハードな年を送った棋士がいる。2020年度の対局数(公表分・12月26日時点)は、54局を数えた永瀬拓矢王座(28)だ。4、5月が新型コロナウイルスの影響で公式戦が延期になった中、6月以降は多忙を極め、タイトル戦でも活躍をし続けた。「濃い1年でしたね。自分の棋士人生の中でも、一番忘れられない年になりそうです」と振り返った努力の鬼は、過密で濃密な1年に何を見て感じたか。
とにかく戦いまくった。約2カ月の対局延期があった後、後に最年少タイトル獲得・二冠を達成した藤井聡太二冠(18)と度々対戦。二冠につながった棋聖、王位の挑戦者決定戦ではいずれも敗れたが王将戦の挑戦者決定リーグでは雪辱を果たし、そのまま挑戦権を得る活躍ぶりを見せた。さらには叡王戦七番勝負では、豊島将之竜王(叡王、30)と激闘。持将棋2局、千日手1局で、都合10局(記録上は9局)という熱戦は、これからも語り継がれるだろう戦いになった。
タイトルホルダー同士のぶつかり合いを繰り返した永瀬王座にとって、真っ先に言葉になったのが「濃い1年でしたね」という言葉だった。「濃かったとともに、本当に1年では経験できないようなものを、たくさん経験させていただいた。年数に換算しても何倍だろうと。自分の中で咀嚼して、パフォーマンスに繋げられたらいいなと思います」と、充実感に満ちていた。
単に対局数が多かっただけなら、ここまでの充実感はなかったかもしれない。戦う相手は頂点にいる渡辺明名人(棋王、王将、36)をはじめ豊島竜王、藤井二冠、さらにはタイトル経験者などのトップ棋士ばかり。特に同じ相手と繰り返し戦うことも多く「それぞれ工夫をした印象がありました。こういう濃い時間を続けなければいけないと思います」と、まさにしのぎを削ったからこそ、自分が成長できるという手応えも感じた。
強敵と繰り返し戦うことで見えてきたものがある。「自分の中で課題と、やらなければいけないことが明確に見つかりました」。一瞬同じように聞こえるが「課題は簡単にクリアできない印象です。やらなければいけないことは、テコ入れがしやすい部分。課題はテコ入れだけではうまくいかない、時間をかけないといけないものです」と説明した。4強と呼ばれるほどのトップクラスになってしまうと、自分よりはっきりと棋力が劣る棋士と戦っても、抱える問題点が見えてこない。強くなるためには、強い相手と戦い続ける環境を保たなくてはいけない。だからこそ、タイトルも手放してはいけないし、別の棋戦では挑戦者として番勝負に向かう。求めているのはそういう日常だ。
年が明けて早々、1月10日からは渡辺名人が持つ王将のタイトルに挑戦することが決まっている。2日制のタイトル戦に登場するのは、これが初だ。ここでもまた強者と長時間戦うことで、永瀬王座の刃はさらに研ぎ澄まされることになる。将棋に対して、人一倍ストイックであると知られる棋士だけに、こんな年明けは大変でもありつつ、きっとうれしいに違いない。