天才棋士と呼ばれる藤井聡太竜王の大活躍や、タイトル99期・永世七冠など数多くの記録を生んだレジェンド羽生善治九段など、スターによって近年大きな盛り上がりを見せている将棋界。最近では、この2人だけでなく他の棋士にも注目が集まり始め、さらなる広がりを見せています。そんな棋士たちが目標として戦っているのが8つあるタイトル。数々の記録や名勝負が生まれたタイトル戦のいろいろな情報をご紹介します。
将棋界にある8つのタイトル戦
将棋界には現在、8つのタイトル戦があります。女流限定のタイトル戦も8つありますが、ここでは一部を除いて棋士が参加する8つのタイトル戦をご紹介します。タイトル戦になって間もないものから、将棋界のベースになっている歴史あるものまであり、また持ち時間なども様々です。
竜王戦
現在の将棋界最高峰タイトルなのが「竜王戦」です。最高賞金で、前身のタイトルも含めれば2番目に古いものでもあります。
現タイトル保持者は藤井聡太竜王 竜王戦の仕組み、スケジュールなど
竜王戦は、1988年度にスタートしました。前身の十段戦、さらにはその前の九段戦(1950年)から数えると、名人戦に次いで2番目に歴史あるタイトル戦です。優勝賞金は4400万円で、これは8タイトルの中でも最高金額。複数のタイトルを保持していない限り、原則としてはこの竜王を持つ棋士が、序列1位になります。
竜王に挑戦するには、1組から6組に分かれて行われるランキング戦、さらには昇級者決定戦(1組は出場者決定戦)というトーナメントを勝ち抜いた棋士が、決勝トーナメントに進出。この決勝にあたる挑戦者決定三番勝負を制すると、挑戦者になることができます。上位組になるほど本戦出場枠が多く、3~6組までは1人のみ。毎年、昇級していくことがタイトル挑戦への近道となります。
現タイトル保持者は藤井聡太竜王。「永世竜王」を名乗るには、通算7期以上または連続5期保持することが条件で、これをクリアしているのは渡辺明名人(11期)と、羽生善治九段(7期)の2人だけです。
持ち時間ですがランキング戦・昇級者決定戦・決勝トーナメントは各5時間、残留決定戦は各3時間、タイトル戦は各8時間(2日制)で、これは順位戦の6時間、名人戦の9時間(2日制)に次いで長いものです。
この竜王戦は、五段から九段までの昇段条件にそれぞれ含まれており、将棋界の中でも賞金額だけでなく、段位の上でも重要なタイトルになっています。例年、12月ごろから各組のランキング戦がスタート。決勝トーナメントを経て、10月から七番勝負が開幕します。
名人戦・順位戦
将棋界で最も歴史があり、棋士の様々な条件のベースにもなっているのが「名人戦」や、その予選にあたる順位戦です。
現タイトル保持者は渡辺明名人 名人戦・順位戦の仕組み、スケジュールなど
始まりは1935年で、他の7つと比べても長い歴史を誇るタイトル戦です。かつては家元制として江戸時代初期から続いていたものですが、後に実力制タイトルへと変わりました。タイトルの序列としては、竜王に続いて2番目になります。
タイトル戦である名人戦(七番勝負)に出場するために勝ち抜かなくてはいけないのが順位戦です。最上位のA級からB級1組、B級2組、C級1組、C級2組の5つに分かれ、名人と一部の棋士(フリークラス所属)を除いて全ての棋士が、このどこかのクラスに所属して、リーグ戦を戦います。B級1組からC級2組までには昇級、降級があり、A級は成績最上位の棋士が名人への挑戦権を獲得します。飛び級制度はないため、どれだけ好成績をあげても、1年で1つしかクラスは上がりません。そのため、デビュー間もない棋士がC級2組からスタートしても、名人挑戦まで最短で5年かかる計算です。
現タイトル保持者は渡辺明名人で、「永世名人」を名乗るには通算5期以上の獲得が条件となります。十三世名人までは世襲の時代によるもので、実力制になってからは、木村義雄十四世名人が最初です。以降、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人がいるほか、谷川浩司九段(十七世名人)、森内俊之九段(十八世名人)、羽生善治九段(十九世名人)がいますが、原則として引退後に名乗るため、現在は九段のままになっています。
順位戦は各組、持ち時間6時間とタイトル戦を除く公式戦としては最長で、タイトルをかけた名人戦も持ち時間9時間で、タイトル戦の中でも最長。単なる勝負だけでなく、長時間をかけて将棋を学ぶという意味でも、重きを置かれている棋戦です。
名人戦・順位戦の成績は、五段から九段までの昇段条件にそれぞれ含まれています。また他の棋戦のシードなどの基準になることも多く、棋士人生で最も長く携わるものと言ってもいいでしょう。順位戦は例年6月からスタートし、3月までに日程を終了。名人戦は4月開幕が恒例となっています。
王位戦
竜王、名人に次いでタイトルの序列3位に入るのが、この「王位戦」です。50年以上の歴史あるタイトル戦で、数々の名勝負が繰り広げられました。
現タイトル保持者は藤井聡太王位、王位戦の仕組み、スケジュールなど
始まりは1960年から。それ以前は早指しの一般棋戦でしたが、タイトル戦に格上げになったことで、対局形式も変更となりました。タイトルに挑戦するにはまず予選を勝ち抜き、紅白の組で6人ずつ、計12人が参加する挑戦者決定リーグに参加する必要があります。前期の成績上位者4人はシードとなるため、予選から挑決リーグに入れるのは8人になります。 挑決リーグでは、それぞれの組の優勝者が挑戦者決定戦を行います。持ち時間は各4時間です。
予選、挑決リーグと勝ち抜くことは難しいですが、一方でデビュー間もない若手でも勝ち抜きさえすれば挑戦権獲得のチャンスがあり、実際に挑決リーグには四段、五段といった低段位の棋士が参加することも珍しくありません。予選は例年7月からスタート。タイトルをかけた七番勝負は7月に始まるので、番勝負の最中に次期の予選が始まることになります。
タイトル戦の持ち時間は、過去に10時間の時期もありましたが、現在は各8時間の2日制になっています。永世称号の資格を得るには、通算10期または連続5期以上という条件がありますが、これまでに大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、羽生善治九段の3人が資格を得ています。
現在のタイトル保持者は、藤井聡太王位。この王位で最年長でのタイトル初獲得を果たした木村一基王位との七番勝負は各種メディアでも大きく報じられ、藤井王位はこのタイトル獲得で最年少での八段昇段も果たしました。
王座戦
一般棋戦としては60年近く前からスタートし、30年経ってタイトル戦に昇格となったのが「王座戦」です。
現タイトル保持者は永瀬拓矢王座、王座戦の仕組み、スケジュールなど
棋戦としてスタートしたのは1953年から。一般棋戦時代はトーナメント決勝が三番勝負という形になっていましたが、1983年にタイトル戦になってからは一次予選、二次予選、挑戦者決定トーナメントを勝ち抜いた挑戦者と、タイトル保持者が戦う五番勝負に形を変えました。
一次予選は、順位戦のクラスが低い棋士と女流棋士が参加。二次予選は、一次予選を勝ち抜いた棋士、永世称号の有資格者、順位戦のクラスが高い棋士が参加します。挑決トーナメントには、前年成績のよかったシード者と二次予選通過者が参加。全てトーナメントのため、デビュー直後の若手棋士でも一度も負けなければ挑戦権まで到達することができます。例年一次予選は8月からスタートし1年をかけて挑戦者を決定。9~10月にタイトル戦が行われます。
タイトル戦は五番勝負で、持ち時間は予選、挑決トーナメント、タイトル戦と全て5時間で統一されています。永世称号である「名誉王座」の条件は通算10期もしくは連続5期以上が条件で、有資格者は中原誠十六世名人と羽生善治九段の2人だけです。なお、他のタイトルの永世称号は原則、引退後に名乗ることになりますが、この名誉王座は60歳以上になれば現役でも名乗ることが許されています。
現タイトル保持者は永瀬拓矢王座です。2017年度から3期連続で王座が入れ替わっていましたが、2020年度は永瀬拓矢王座が久保利明九段を3勝2敗で下し、4期ぶりとなる防衛を果たしました。
棋王戦
タイトル戦として40年近い歴史を誇るのが「棋王戦」です。挑戦者決定までのシステムには独自のものが採用されています。
現タイトル保持者は渡辺明棋王、棋王戦の仕組み、スケジュールなど
棋王戦は1974年度に一般棋戦としてスタート、翌1975年度にはタイトル戦に格上げされました。挑戦権獲得には、まず順位戦B級2組以下の棋士による予選を勝ち抜いたあと、挑戦者決定トーナメントを勝ち抜く必要があります。この挑決トーナメントには、特有の「2敗失格制」が採用されています。現在では、ベスト4以上の棋士が1回敗れた場合は敗者復活戦にまわり、そちらを勝ち抜けば挑戦者決定戦となる変則の二番勝負に進めます。勝者組の優勝者は1局勝てば挑戦決定、敗者復活戦の優勝者は2連勝が必要になります。第45期では、本田奎五段が史上初めて初参加の棋戦で挑戦者になるなど、デビュー間もない若手棋士にもチャンスがあるタイトルです。例年1月から予選が始まり、翌年の1月に挑戦者が決定。2、3月にタイトル戦があります。
タイトル戦はオーソドックスな五番勝負、持ち時間は予選、挑決トーナメント、タイトル戦通じて全て4時間。タイトル戦での4時間は、他と比べて短いものになっています。永世称号の条件は連続5期以上。通算での獲得数が条件にないのは、この棋王戦だけです。現在は、羽生善治九段と渡辺明名人の2人だけが有資格者です。
現タイトル保持者は渡辺明棋王。現在9連覇中で、同タイトルの連続保持記録である羽生善治九段の12期にあと3期と迫っています。
叡王戦
現在8つあるタイトルの中で、最も新しいのが「叡王戦」です。数々の新しい試みが採用された斬新なタイトル戦です。
現タイトル保持者は藤井聡太叡王、叡王戦の仕組み、スケジュールなど
叡王戦は2015年度まで一般棋戦として行われ、2017年度の第3期からタイトル戦に昇格しました。タイトル戦への昇格は王座戦以来34年ぶりで、昇格直後は序列3位、現在は6位となっています。
予選は四段、五段、六段、七段、八段、九段の段位別で行われ、シード者を抜いた全棋士が参加、勝ち抜いた棋士が本戦トーナメントに進出します。挑戦者決定戦は第3~5期は三番勝負でしたが、第6期から一番勝負に変更になりました。持ち時間は段位別予選が各1時間、本戦は各3時間です。予選は10月からスタートし、翌年の7月に挑戦者が決定。タイトル戦は7月から9月にかけて行われています。
タイトル戦も第3~5期は独特のシステムが採用され、七番勝負を1、3、5時間で2局ずつ、最終第7局になった場合は6時間と、持ち時間が変動する唯一のタイトル戦でした。第6期からはシステムが変更され、持ち時間4時間の五番勝負になりました。なお、他の7つのタイトルには永世称号の資格がありますが、叡王戦には現在、この規定がありません。
まだ歴史の浅い叡王戦ですが、前期にあたる第5期は、他のタイトル戦を含めても類を見ないロングシリーズに。当時の永瀬拓矢叡王と豊島将之竜王との七番勝負は千日手1局、持将棋2局の挟みフルセットまでもつれ込んだことで、タイトル戦史上最長の第9局(都合10局分)を指すという記録も生まれました。現在のタイトルホルダーは、藤井聡太叡王です。
創設期には「ニコニコ生放送」で知られるドワンゴが主催でしたが、第6期からはお菓子メーカーの不二家が主催になり、対局者の横には栄養補給のお菓子が置かれるようになりました。
王将戦
創設から約60年なのが「王将戦」。歴史あるタイトル戦であることから、将棋史に残る数々のエピソードを生んでいることでも知られています。
現タイトル保持者は藤井聡太王将、叡王戦の仕組み、スケジュールなど
1950年に一般棋戦としてスタートした王将戦ですが、翌1951年にはタイトル戦に昇格しました。発足当初は、勝敗によってハンデをつける「指し込み」が採用されており、これが将棋史に残るエピソードを生むきっかけにもなっています。また1995年度には羽生善治九段が史上初の七冠独占を達成したことでも知られます。
タイトルの挑戦には一次予選、二次予選を経て、7人による挑戦者決定リーグ戦に入ることが必要になります。挑決リーグには3人のシード枠があるため、予選からリーグ入りできるのは、わずか4人という狭き門です。一次予選、二次予選は持ち時間3時間、挑決リーグは4時間です。タイトル戦は七番勝負で、持ち時間各8時間の2日制と、竜王戦や王位戦と並んで、長時間の対局になります。予選は1月から始まり、12月に挑戦者を決定。翌年1月からタイトル戦が始まります。
永世称号の資格を得るには、通算10期が必要で、連続保持の条件はありません。これまでの有資格者は大山康晴十五世名人と、羽生善治九段の2人だけです。
現タイトル保持者は、藤井聡太王将です。番勝負では、主催であるスポーツニッポンの勝利者撮影が恒例となっており、ユニークな写真が話題となっています。
棋聖戦
「棋聖戦」は、第1期からタイトル戦としてスタートし、約50年の歴史を誇ります。近年では、あの天才棋士の記録によって、大きな注目を集めることにもなっています。
現タイトル保持者は藤井聡太棋聖、棋聖戦の仕組み、スケジュールなど
棋聖戦は1962年度から開始。1994年度までは、タイトル戦として唯一、年2期行われてきました。1995年度からは、現在の年1期になっています。タイトル挑戦には一次予選、二次予選、決勝トーナメントと勝ち進んでいけば、たどり着くことができます。順位戦の所属クラスによってスタートラインが異なってきますが、一次予選からでも勝ち抜きさえすれば、いきなりタイトルホルダーになることも可能です。予選は5月からスタートし、翌年の4月には挑戦者が決定。6月にタイトル戦が開幕します。
タイトル戦は五番勝負で、一次予選は持ち時間1時間、二次予選は3時間、決勝トーナメントとタイトル戦は全て4時間で行われます。タイトル戦の4時間は、現在のルールでは叡王戦と並んで最短です。
永世称号の資格を得るには、通算5期以上の保持が条件になります。他のタイトル戦と比較して、条件としては軽く、大山康晴十五世名人、中原誠十六制名人、米長邦雄永世棋聖、羽生善治九段、佐藤康光九段と5人の有資格者がいます。
現在のタイトルホルダーは藤井聡太棋聖。2020年度に、最年少でのタイトル挑戦となりましたが、当時の渡辺明棋聖を3勝1敗で下し、見事に17歳11カ月という最年少記録を打ち立てました。この時、藤井棋聖は一次予選から勝ち上がってのタイトル奪取という、初の記録も打ち立てています。
タイトル記録など
8つあるタイトル戦では数々の記録が生まれています。ここに主なものをまとめます。
タイトル獲得回数 羽生善治九段 99期
タイトル戦出場回数 羽生善治九段 136回
同一タイトル通算獲得 羽生善治九段 24期(王座)
同一タイトル連続獲得 羽生善治九段 19期(王座)
タイトル戦連続登場 大山康晴十五世名人 50期
タイトル同時在位 羽生善治九段 七冠(竜王・名人・棋聖・王位・王座・棋王・王将)
一冠以上連続在位 羽生善治九段 27年9カ月
最年少タイトル獲得 藤井聡太王位・棋聖 17歳11カ月(棋聖)
最年長タイトル獲得 大山康晴十五世名人 56歳11カ月(王将戦)
最年少竜王 羽生善治 19歳3カ月
最年少名人 谷川浩司九段 21歳2カ月
まとめ
叡王戦のように、近年になって新たなタイトル戦が誕生するなど、さらなる盛り上がりを見せるプロ将棋界。今後も、全棋士憧れのタイトル戦で数々の名局が生み出されていくことでしょう。
この記事の画像一覧