先日、カタールではワールドカップ本番に向けた最後のテストマッチが行われた。
ルサイル・スーパーカップという名前で、サウジアラビアの強豪アル・ヒラルとエジプトのチャンピオンチーム、アル・ザマレクが対戦。試合が行われたのは、W杯のために砂漠にゼロから作られた町、ルサイルのアイコニックスタジアム。ピンクゴールドに輝く「砂漠の宝石」とも呼ばれている美しいスタジアムだ。
国外からも多くのサポーターがやって来たため、スタジアムは7万7575人の入り。カタール史上最高の観客数を記録した。試合は1-1の接戦の末、PK戦でアル・ヒラルが勝利した。
だが、このテストマッチ、試合内容はともかくその他が問題だらけだった。まずはスタジアムへのアクセスだ。もともとの計画ではスタジアムの地下に地下鉄の駅が直結する予定だったが、なぜか駅はスタジアムの1キロ手前に作られている。そのため、電車で来たならば15分以上、炎天下の中で何もない道を歩かなければならない。
それならばと多くの人たちが自家用車で来たが、実は試合のある日はスタジアムの周囲は許可された車しか立ち入れず、数か所設置された駐車場は地下鉄の駅よりももっと遠いところにある。シャトルバスが運行してはいたが、その数は少なく、バスに乗るにも長蛇の列、またシャトルバスがまるで来ない駐車場もあり、結局1時間近い道のりを歩かなければいけない人も大勢いた。
そのうえ、スタジアムまでの道には日陰になるモノはほとんどなく、人工な町ゆえ、店も自動販売機もなく、水分も摂れず熱中症で倒れる人が続出。案内に立っているボランティアも急遽集められたのか、あとどのくらいでスタジアムに着くかも把握していない状態だった。
やっとの思いでスタジアムに着いても、そこで安心はできない。中に入るにはイハテラーズ(Ehteraz)というコロナに関するアプリを見せないといけないのだが、多くの人が集中したため電波がうまく拾えず、なかなか画面を表示できない。結局、そこでも長い列ができてしまった。
中に入っても苦難は続く。カタールW杯の「売り」の一つは空調付きの快適なスタジアムだったはずだが、大勢の人が入ったためか空調はほぼ効かず、中の温度は約30度、閉め切っているため湿度も90%以上、快適とは程遠い状態だった。「暑い中を歩き並んで、やっとほっとできると思ったのに、中も蒸し風呂状態だった」との声があちこちで聞かれた。
また、スタジアムに入る際に液体は没収されるため、中でも飲み物を探す人が大量に出たが、売店はほとんどない。ある父親は子供が脱水症状で失神しそうなところ、水を求めてスタジアム中をさまよい、警備員の一人からやっと飲みかけの水を恵んでもらったとSNSに投稿している。
カタールの有名なインフルエンサーも「水もペプシも食べ物もない。みんな食料や、飲み物を探して必死だ」と書いている。どうしようもなくトイレの水を飲もうとした人もいたが、まずトイレの案内板がないし、数も少ない。
女性トイレは30分待ちとなった箇所も少なくなかったそうだ。そんな状態だったため、前半が終わる前に数百人の観客がスタジアムを後にしたという。病院に運ばれた人も出たようだ。試合終了後は大勢が一挙に外に出たため、地下鉄の駅まで2時間半かかり、「もう二度とこのスタジアムには来ない」と怒る人もいた。
問題はアクセスや暑さや水の問題だけではない。バリアフリーはまるでなっておらず、車いすの人は階段を上り下りする必要があり、その介助を待つのにまた炎天下で待たねばならなかった。
また、試合前にはエジプトの超有名なシンガーなどが歌を歌ったが、その音響もひどかった。始めは何の音もしなかったと思ったら、突如爆音で耳障りな割れた音がスタジアムに鳴り響いたのだ。
君主のほぼ独裁国であるカタールの地元紙は通常、国のやることを批判したりはしない。しかし今回はあまりにもお粗末だったからか、英字新聞「ドーハ・ニュース」は見出しに「弱い空調、長時間の徒歩、音響は失敗。カタールはテストに合格したのか?」と載せ、そのお粗末なオーガナイズについて伝えている。
このスタジアムでは決勝を含め10試合が行われる。今回の問題を経て、大会までには何らかの手が打たれるだろうが(そう信じたい)、テストさえもしていない他のスタジアムについては、正直本番で一体何が起こるかわからない。
文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。
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