セルビア代表のドラガン・ストイコビッチ監督を右腕として支える日本人コーチがいる。“ピクシー”と名古屋でも共闘し、2010年のリーグ優勝に貢献した喜熨斗勝史だ。

 そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。第19回は、カタールの「アスパイア・アカデミー」で開催された「GROBAL SUMMIT」について語ってくれた。
 
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 前回お伝えしたとおり、10月上旬にカタールの「アスパイア・アカデミー」で開催された「GROBAL SUMMIT」に参加してきました。

 カタール・ワールドカップに出場する32か国のコーチやスタッフを始め、レアル・マドリーやアーセナル、アヤックスなど書いたらキリがないほどのビッグクラブ関係者が集まり、様々な議題について討議。私もFIFAグローバルフットボールデベロップメント責任者であるアーセン・ベンゲル氏の前で育成についてプレゼンする機会があり、実に有意義な2日間でした。

 主なトピックは『Making an impact with data(データで影響を与える)』『preparing players and team for the competition(大会に向けて選手とチームの準備を整える)』『optimizing the recovery strategies(回復戦略の最適化)』の3つ。

 例えば当たり前になっている心拍数や走行距離データだけではなく、“これまで数値化されていないものをどう数字で表わすか”。守備でボールホルダーに何メートルアプローチしているか、ラインブレイクならばどこからトライしてどう成功させたか。ボールを持っていない時のデータを抽出する作業です。
 
 今回のワールドカップは選手ひとりに付き、ひとりのアナリストが付く予定といいます。加えて試合全体を見るアナリストもいて、ラインブレイクを分析する人やアプローチを見ている分析官もいるとのことです。サッカーがより細分化されているのを実感しました。

 ですがサッカーはやはり生身の人間がするスポーツ。実は我々セルビア代表もそうなのですが、最近はGPS機能が装填されている装具を試合で着用しないチームもあります。

 足や体力を溜めて勝負どころで爆発させるような数値では計れない駆け引きも存在します。テクノロジーが発達しても「それはサッカーの一部であることを忘れてはいけない」とは今サミットでも話されていました。
 そしてゲストプレゼンターには元イングランド代表MFのデイビッド・ベッカム氏らが参加。起業家としても名を馳せているベッカム氏が口にした「成功の秘訣はハードワーク」という言葉は印象に残っています。

 ハードワークとは走り回ることではない。難しいことにトライすることを意味しています。困難な道を選択しないと成長しないということで、思わず日本語で「そうですよね!」と言いそうになりました(笑)。

「GROBAL SUMMIT」後は日本に帰国し、ワールドカップへの準備を進めています。まずはミスター(ドラガン・ストイコビッチ監督)と連絡を取り合いながらFIFAから提出を求められている書類を作成。これはカタールに到着してからグループリーグまでのすべての練習時間や食事時間、移動時間……プレスカンファレンスに至るまで1日の行動パターンを明記したものです。なぜなら、そのスケジュールを基にセキュリティやトランスポートの手配が必要になるからです。
 
 またキャンプ始動日からのトレーニングプランも完成させました。今回は初めて欧州各国リーグの合間に開催される大会。そのため現在はかなりの過密日程下で選手は戦っています。

 多ければ1か月で9試合消化している選手もいます。当然、セルビア代表選手とは頻繁に連絡を取ってコンディション確認に努めていますし、全員が集まった時に伝えようとは思っているのですが「最大の敵はブラジル(グループリーグ初戦で対戦)じゃない。疲労だ」とも考えています。準備期間も短いなか、いかに大会初戦までに回復させられるかは重要なファクターになるでしょう。

 ただ、肝に銘じているのは、当コラムでも以前お伝えしたようにカタール・ワールドカップがセルビアサッカー界の旅の終着駅ではないこと。単発で4強に入った代表チームが世界4位の実力なのかと言われればそうじゃない。

 大事なのはコンスタントに好結果を残し続けることです。それが国を真の強豪国へと押し上げていくので、私自身もセルビアサッカー界のために尽力する次第です。
 最後に。今回の日本滞在では家族が“壮行会”をしてくれました。世界的シンガーソングライターのブルーノ・マーズのコンサートチケットを妻が取ってくれ、子どもたちも含めて家族全員で東京ドームに行ってきました。嬉しかったし、エネルギーをもらいました。

 では再びセルビアへ戻ります!

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PROFILE
喜熨斗勝史
きのし・かつひと/1964年10月6日生まれ、東京都出身。日本体育大卒業後に教員を経て、東京大学大学院に入学した勤勉家。プロキャリアはないが関東社会人リーグでプレーした経験がある。東京都高体連の地区選抜のコーチや監督を歴任したのち、1995年にベルマーレ平塚でプロの指導者キャリアをスタート。その後は様々なクラブでコーチやフィジカルコーチを歴任し、2004年からは三浦知良とパーソナルトレーナー契約を結んだ。08年に名古屋のフィジカルコーチに就任。ストイコビッチ監督の右腕として10年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献した。その後は“ピクシー”が広州富力(中国)の指揮官に就任した15年夏には、ヘッドコーチとして入閣するなど、計11年半ほどストイコビッチ監督を支え続けている。
指導歴
95年6月~96年:平塚ユースフィジカルコーチ
97年~99年:平塚フィジカルコーチ
99年~02年:C大阪フィジカルコーチ
02年:浦和フィジカルコーチ
03年:大宮フィジカルコーチ
04年:尚美学園大ヘッドコーチ/東京YMCA社会体育保育専門学校監督/三浦知良パーソナルコーチ
05年:横浜FCコーチ
06年~08年:横浜FCフィジカルコーチ(チーフフィジカルディレクター)
08年~14年:名古屋フィジカルコーチ
14年~15年8月:名古屋コーチ
15年8月~:広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター
19年11月~12月:広州富力トップチーム監督代行
21年3月~: セルビア代表コンディショニングコーチ
22年~:セルビア代表アシスタントコーチ