ワールドカップ直前に、2人にとって念願の対談が実現した。世代も種目も違えど、アスリートとしてどう生きるかという点は一緒だった。競泳の池江璃花子選手が引き出す、サッカー日本代表・長友佑都選手のワールドカップに懸ける想いとは。

池江 今日、やっとお会いできてとても嬉しいです。私が2019年に病気になった時に、共通の知り合いの方を通じて長友さんからメッセージを頂いて。いつか直接お礼を言いたかったんです。その節は本当にありがとうございました。

長友 もう3年経つのかぁ。池江さんが入院したと聞いてびっくりしたのと、とにかく早く治してほしくて、動画メッセージを送りました。気持ちを伝えるのは動画が一番いいかなと思って。

池江 こんなにすごい方から頂いて大丈夫なの? って心配になるくらいでした。嬉しかったです。一生忘れられない出来事です。

長友 その共通の知り合い、僕の専属シェフだけど、彼から「池江さんは、若いけどものすごく考え方がしっかりしている」と聞いていて、ずっと応援していましたし、親近感も持っていたんです。

池江 私が初めて長友選手のプレーを生で見たのは、今年の日本代表対ブラジル戦です。テレビではよく拝見していたので、初めて見た感じはありませんでした。サッカーは、18年にロンドンで、アーセナル対レスターの試合を見たのがきっかけで、興味を持っていたんです。シンプルに見て面白い競技が好きで。水泳もそうなんですけど。だから面白いなと思って見ることができました。これからも、もっといろんな試合を見に行きたいです。

選手としての価値を示すプレーとは

池江 ブラジル戦の長友選手を見て思ったんですけど、すごく走りますよね。前向きに走っていく。試合に対してはもちろんなんですけど、他の選手とは違った魅力があります。言葉にするのは難しいんですけど、パワーを感じるプレーだなって。

長友 自分は、サッカーの才能がなくて、前向きな姿勢だけはピッチで出したいと思ってプレーしているので、それが伝わっているのは嬉しいです。9月下旬に、エクアドルと強化試合をしたんです。スコアはドローでしたが、相手がすごくいいチームだったので収穫と課題が見えました。僕は、相手が強ければ強いほど燃えてくるタイプなんで、この試合で力を発揮できる、絶対いいアピールができるという自信がありました。自分の価値は示せた試合だったと思います。

池江 私はあまり陸が強いほうではないんです。小学生くらいまでは速かったんですけど、水泳に集中していくと足が遅くなっていったので。何かから逃げるのは遅いと思います(笑)。長距離のほうが得意ですね。スイマーはたいていそうだと思います。

長友 僕は体力アップのために水泳もやっているんですよ。でもめちゃくちゃしんどくて。もともと水の中は得意じゃないんですけど、やっているとピッチ上も楽になるので面白いなと思って。サッカー選手ではなかなかいないんです。代表でも僕がやってると、また長友がなんかやってる、バカだなって目で見られて。でも、何人かはついてきます。

池江 どこに泳ぎにいくんですか?

長友 合宿中のホテルのプールですよ。

池江 あっ、ホテルのプールなんですね。

長友 最終予選のときも先日の欧州遠征のときもしました。だから専門のコーチもいませんし、自己流のクロールで。池江さんに教えてもらいたいですよ。

池江 教えられるなら教えたいですけど。

長友 悩みだらけです。めっちゃ遅いし。でもトレーニングしたものは身になるので。それは実感していますよ。でないと、36歳であのポジションはきついです。

池江 高地合宿はやったりしますか?

長友 はい、高地トレーニングもします。

池江 そのときに水泳をやるといいですよ。めちゃめちゃきついですけど。

長友 高地で水泳ですか?

池江 私たちも高地で合宿するんです。山から下りてきて、1週間くらいするとすごく楽になってきます。そのときに一気に力を発揮する選手が多いです。

長友 高地でただでさえきついのにさらにきつい水泳をするってことですか?

池江 クールダウンがてらにするといいかもしれません。

長友 それだと物足りないかもしれませんね。「長友はとりあえず前向かないと」と思うので(笑)。

©Atsushi Kondo
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チームにおけるコミュニケーション術

池江 一つ相談したいことがあるんです。今年私は、日大水泳部の女子の主将を務めたんですが、後輩とのコミュニケーションに悩みました。自分の意見を言うのが苦手な選手が多くて。私はみんなの意見を聞きたいので、意見があったら言ってほしいと言ったり、自分から聞きに行ったりもしたんですが……。自分の意思や考えをちゃんと人に伝えられる人ほど、伸びる力も育っていくと思うんですが、なかなかそういう選手がいなくて。

長友 わかるわぁ。僕の周りでも、先輩に貪欲に聞きに行く選手が少なくなっています。自分が若手のときは、めちゃめちゃ聞きに行きました。代表に入ったら、中村俊輔さんにずっとついて、どんなトレーニングをしているのか、どういう思考でサッカーをしているのか、うざいくらい聞きましたよ。「お前また部屋に来たのか」と言われていましたけど、最近はこっちからそういう場を設けないと来なかったりしますね。

池江 そうですよね。

長友 代表は、若手も自信があるから、意見のコミュニケーションも活発ですけど。代表以外では難しいですね。

池江 水泳も、代表は自分の意見を持っている選手や、個性的な選手が多いのでわりと大丈夫です。次世代の可能性がある選手たちが伸びるためには、意見を言ったり意志を持つのは大事なことだと思うんですけど、なかなか難しいです。

長友 サッカーの日本代表の若手は、みんな早くから海外でプレーしているので、自信があるんです。海外にいたら自己主張ができないと全部自分のミスにして終わらされるんです。そういう厳しい場所を自分で選んで戦っているので、コミュニケーションも自信を持ってやっていますよね。今の代表は若手もベテランもかなりコミュニケーションが取れていて、そのおかげでいいチームになっていますよ。ワールドカップは面白い大会になると思います。

©Atsushi Kondo
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長い選手生活を支えるメンタル

池江 長友選手は、ワールドカップに4回目の出場、ということは12年の月日が。私はいま22歳なので……。

長友 わっ、僕が最初に出たとき、10歳?

池江 ですね。

長友 オッサンになったわ。

池江 水泳選手は選手生命が短いんです。だいたい25歳前後で引退する選手が多い。そのなかでも入江陵介選手のような30を超えてもずっと挑戦し続けている姿を見て、長く続けられるメンタルってどういう感じだろうって。アスリートっていつまでたっても満足ってしないと思うんですけど、長友選手がいつまでも頑張っていきたいと思うメンタル、その原点って何ですか。

長友 モチベーションや向上心は、上がる一方なんですよ。それが当たり前だと思ってたんですけど、みんな続かないみたいで。ある程度の結果を得たら、それに満足して努力を続けなくなる選手が多いみたいなんですよ。僕は、何かを達成したら次の目標や大きな夢ができて、そこに突き進んでいく。それが人生だと思っているので。だから諦めてしまう人の気持ちがわからない。

池江 めっちゃその気持ちわかります。一生、水泳やっていても、満足することないと思うんです。18年は、世界ランク1位になったりして、一番活躍していたんですけど、たとえ自己ベストが出たとしてももっと先があると思う。世界記録を出している選手と、世界記録を出していない自分がいる。日本人はなかなか世界記録に到達できないけど、同じ人間だったら、できないわけがない、追いつけないわけがないという気持ちで泳いでいました。何か目標をクリアしてもその先がずっと続いているような気がするので、ゴールはないなと思っています。

長友 そうですよね。池江さんは、0.0何秒の世界で勝負しているんですよね。自分の最高記録を出してもそれを超え続けなくてはいけない、そのために努力をしなくてはいけない。僕らはチームスポーツだから、もちろん最高のコンディションのほうがいいんだけど、多少コンディションが落ちてもチームメイトが助けてくれて試合に勝てたり、いい結果を出せるんですよ。池江さんは、常に自分を超えていかないといけないなんて、精神力タフ過ぎない?

池江 チームスポーツ、ちょっといいなって思ったりします。試合会場でひとりなので、不安なんです。そういうときに、チームスポーツだったら、誰かがポンポンって背中を押してくれたりするけど、みんなライバルだからそういうわけにはいかない。もちろん一緒にずっと戦ってきた選手と、最後頑張ろうという感じにはなるんだけど、ひとつのゴールに向けて戦おうとはならない。区切られたレーンのなかで戦わなくてはいけないし。精神的にはきついですね。

長友 孤独すぎるよ。いまの「同じ人間なんだからできる」という言葉を聞いて。だからこうやって結果を出せるんだなと、感じました。

©Atsushi Kondo
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ワールドカップで表現したいこと

池江 ワールドカップは、11月21日(日本時間)から始まるんですよね。どのような心境ですか。

長友 まずチームとしては、これまでベスト16の壁を破ったことはないので、ベスト8入りを目指すと。でもやるからには、先ほど池江さんが言ったように、同じ人間でできないことはないと思うので、「ワールドカップ優勝」を夢に掲げてやっていきたい。個人的には自分がこれまで培ってきたものを表現して、人を感動させられるようなプレーをしたいです。

池江 かっこいい! 個人種目と団体種目という時点で共通点は少ないですが、年齢についての考え方や、パフォーマンスの発揮の仕方が、同じアスリートとして尊敬できます。私も夢を持ち続けていきたいですが、くじけそうなことがたくさんあると思います。私が長友選手を見てかっこいいなと思うように、私もそういうアスリートになっていきたいです。

長友 すでになっていますから。僕はすでに勇気と感動をもらっていますよ。

池江 ワールドカップでは、どこと当たるんですか。

長友 グループステージで、ドイツとスペイン、ふたつの優勝候補と当たるんです。

池江 もうちょっとやさしくしてくれてもいいのに、先に進めるようにしてくれたらいいのにと思いますけど。

長友 本当ですか? 池江さんだったら燃えるでしょ?

池江 勝ちたいと思いますね。

長友 だからめちゃめちゃ楽しみにしているんです。

池江 大きい大会のほうが結果を求めたくなるし、そういう試合で結果を出してきたので、私もそのほうが燃えますね。この人に負けたくないって思いますし。

©Atsushi Kondo
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大舞台で経験した“ゾーン”の景色

長友 僕は、ワールドカップで過去にゾーンに入った経験があって、今回もゾーンに入ればいけるという気がしているんです。若い時はビビって、プレッシャーに負けたりしてましたけど、いまはそのプレッシャーを楽しめるようになりました。怖いものがなくなる状態になるんですよ。池江さんもそうじゃないですか。

池江 私は、ゾーンの入り方が毎回違って、一度は、すべてがどうでもよくなったときに入りました。もう一度は、泳いでいる途中に、急に楽しくなってきちゃって、周りの歓声がよく聞こえるし、横を走っているカメラのこともよく見えたんです。

長友 すごっ!

池江 自分が変な顔していないかなと意識しちゃうくらい。ふとした瞬間に入ります。そういうときに結果を出してきました。

長友 余裕があるんですよ、結果を出すときって。

池江 グループで3戦するんですか?

長友 そうです。あとコスタリカと。そこで2位以上に入ると決勝トーナメントに進み、16チームで優勝を目指します。

池江 過酷ですね。何日毎ですか。

長友 中3日です。

池江 それまでに体力温存しないとですね。

長友 だから基礎体力を高めるために水泳やったりしているんです。

池江 今回、日本でもワールドカップを全試合見られるということなので、私もできるだけ見ます。日本の試合は絶対見ます。楽しみにしています。

長友 よろしくお願いします。

池江 日本代表の選手は、堂安律選手と久保建英選手くらいしか名前がわからなくて。

長友 律のことは知ってるんだ。嬉しい。あいついい奴なんですよ。今回みんな頑張って活躍したら、いろんな人に選手の名前を知ってもらえますね。

池江 私もいっぱい見ていっぱい覚えます。

(構成=藤森三奈)

ヘア&メイク=髙取篤史(長友佑都)・高城裕子(池江璃花子)

★取材のメイキング動画はこちら!
©Atsushi Kondo
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長友佑都(ながとも・ゆうと)

1986年9月12日、愛媛県生まれ。2008年にFC東京に入団。2010年からセリエAチェゼーナ、インテルでプレー、2018年にガラタサライへ移籍。マルセイユを経て2021年にFC東京に復帰した。170㎝、68㎏

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池江璃花子(いけえ・りかこ)

2000年7月4日、東京都生まれ。14歳の時日本選手権の50mバタフライで優勝。リオ五輪出場。2018年アジア大会では日本人初の6冠で、大会MVP。東京五輪出場。日本大学4年生。ルネサンス所属。171cm