今回のワールドカップの舞台、ドーハを首都とするカタールはペルシア湾に突き出た米粒のような形をしています。面積は秋田県よりもやや狭いくらい、人口は約280万人。2014年ブラジル大会の取材では、「周りは全員泥棒だ」と思うくらいに身構えていたものですが、ドーハではそうした治安の心配はまずありません。
国土は小さくても天然ガスなど天然資源で潤うリッチな国で、その資金力はヨーロッパのサッカーシーンも動かします。政府が出資する非営利団体「カタール財団」は一時期バルセロナの胸スポンサーとして契約し、話題になりました。パリ・サンジェルマンの現会長はカタールの実業家。中東で初開催となるワールドカップのホスト国を射止められたのも、こうした存在感の延長線上にあるといえましょう。
今大会は全64試合がドーハ近郊で行われ、国際サッカー連盟(FIFA)にいわせれば「最もコンパクトなワールドカップ」。やや遠い郊外の会場もありますが、市内を端から端まで車で移動しても1時間少々なので、1日2試合のハシゴ観戦も可能。飛行機移動だけで半日や1日を費やしたブラジル大会やロシア大会からは想像できないほど、振り幅がすごい。
とはいえ試合のたびに街を転々とし、その表情に触れるのもワールドカップならではの楽しみ(ロシア大会ではサランスクで地元の人に「サウナに連れて行きたい」とやたら誘われました)。ひたすらサッカーに集中せよ、ということでしょうか。あるツアー企画会社は「長期ツアーにオプションで観光をつけようにも、隣国まで足を延ばさないとスポットがない」と嘆いていました。
試合会場の気温は22度設定
HPなどによると大会期間中の気温は18~24度。8つの試合会場は気温22度ほどに空調が整えられる見込みです。涼しい風が吹き込むが天井を閉めるわけではなく、昨年のアジア最終予選で赴いた人々によれば少し寒いくらいのときもあるのだとか。ショッピングモールなど屋内では冷房がきつく、羽織るものは手放せません。かつて中東に遠征した日本代表選手は、部屋の中と外の温度差が大きいために結露がすごかったとも言っていました。
「人間同士が抱き合ったほうが、暑くない」。夏には気温が45度を上回ることもあるから体温に触れる方がマシだと、在住日本人の方々は半分本気で言っていました。開催決定当初は試合会場に空調をガンガンに効かせ、夏でも大会はできるという触れ込みだったのですが、結局、開催は通例の6〜7月から11〜12月に移されています。
11月はヨーロッパではシーズンのただなか、開幕の1週間前までリーグ戦があります。一区切り付けて準備期間をへて本大会、という「間」が今回はありません。ワールドカップの中断期間手前までは過密気味の連戦。大会前にケガに見舞われる選手が目立つのは、異例のスケジュールと無関係ではないと思われます。
カタールの国番号にちなんだ「スタジアム974」は再生鋼材や974個の輸送コンテナをレゴブロックのように積み上げてつくられました。大会後は解体され、別の資材として再利用されるようです。こういうリサイクル発想が日韓大会でもあったならと、宮城スタジアムなど大会の遺物の現状を思うにつけ、考えてしまいます。
「エコな大会」は実現するか
大会中の飛行機の使用が減り、地下鉄も利用でき、800台の電気バスも導入し、大会中に排出した二酸化炭素も相殺して「温室効果ガス排出が実質ゼロ」のエコな大会になると組織委はうたいます。ただしこの「ネット・ゼロ」については、欧米の市民団体が「環境への負荷を過小評価している」と疑問を投げかけています。
ドーハは車社会。酷暑の日中に町歩きを敢行する人はまばら、車で移動して、ショッピングモールなどで涼む。町歩きを想定して街は作られていない印象で、グリーンな街には少し遠いイメージです。グリーンを気取れるほど、自然環境が生易しいものではないのでしょう。
「この街はいつもアンダーコンストラクション(建設中)」。タクシーの運転手は苦笑いしながら言っていました。「ウエスト・ベイ」と称される湾岸エリア近辺はリゾート地の趣で、高級ホテルや高層ビルが雨後のたけのこのように林立しています。著名選手の巨大ポスターが掲げられたビルの脇に、また新たな摩天楼がつくられていく。広大なショッピングモールの内部に運河(のような代物)やスケートリンクもつくっちゃう。砂漠や荒地を人間の手で変えていくエネルギッシュさがある一方で、やや人工的に過ぎる気がしないでもない。
そしてその開発は、海外からの労働者に支えられたものでもあります。人権を無視した不当な労働がまかり通り、死者も出ていると欧米のメディアは指弾しており、組織委や国際サッカー連盟は火消しに躍起です。
光あるところには影がある。華やかで「サステナブルなワールドカップ」の実相にも、目をこらしたいところです。