2人合わせて「ワールドカップ25大会」を取材した、ベテランジャーナリストの大住良之と後藤健生。2022年カタール大会でも現地取材を敢行している。古きを温め新しきを知る「サッカー賢者」の2人がカタール・ワールドカップをあらゆる角度から語る!

■ラウンド16が終了

 後藤さんはもう自宅に帰り着いただろうか。

 1999年のワールドユース(現在のFIFA U-20ワールドカップ)を皮切りに、さまざまな事情から、私は大会途中で帰国するということを何回も繰り返してきた。最初から最後まで取材することを当然とする後藤さんからさんざん揶揄されたが…。

 私より早く、しかも準々決勝を前に帰国する後藤さんを見るなんて、とても信じられなかったし、エデュケーション・スタジアムの記者席から空港に向かう後藤さんの後ろ姿を見ていたら、少し感傷的になってしまった。

 だが人にはそれぞれの考え方と事情がある。17日間で29試合も取材した後藤さんである。テレビ観戦になっても、現場で見た29試合の経験を生かし、スタジアムで見る以上の洞察力を発揮してくれるに違いない。

 さて、ラウンド16に進出した「新興国」勢で、勝ち上がる可能性が最も可能性が高いと思っていたのが日本だった。日本の攻撃に本来の鋭さがあれば十分勝てる試合だったと思うが、何度も指摘してきたように、今回の日本は最大の持ち味であるコンビネーションを遺憾なく発揮できるレベルにはなかった。

■モロッコが勝てた理由

 「新興国」でただひとつ勝ち上がったのはモロッコだった。スペインと120分間戦って0-0からPK戦3-0の勝利。しかしクロアチアに1-1、PK戦1-3で敗れた日本との差は、PKだけではない。

 スペインが圧倒的にボールを支配し、1000本を超すパスの93%を味方につなげた。しかし試合としてはまったくの互角といってよかった。スペインも絶好機をつかんだが、モロッコにもあわや決勝ゴールというチャンスが何回もあった。シュート数はモロッコの6に対しスペインは倍以上の14だったが、枠内シュートは逆にモロッコが多く、3対2だった。

 モロッコは最後の最後までタフに戦った。なかでも右サイドバックのアシュラフ・ハキミの運動量は驚異的だった。味方ボールになると長い距離をスプリントして攻撃をサポートし、右サイドから何回もチャンスをつくった。このハキミに象徴されるタフさこそ、日本との大きな違いのひとつだった。

 キックオフ前に、後藤さんと「モロッコの選手たちも大きくなった」という話をしていた。かつてのマグリブ(アルジェリア以西の北アフリカ)の選手たちは、テクニックは高いが体が小さく、欧州のパワーに圧倒されていた。しかしスペイン戦に先発したモロッコの選手たちは左MFのソフィアン・ブファル(170センチ)以外の全員が180センチ以上あり、パワーではむしろスペインを上回っていた。当たり負けせず、足元のデュエル勝利数では9対6でスペインを上回った。走るべき状況なら延長戦でもスプリントを繰り返すフィジカル能力が、日本との最大の違いだった。

■「突破」よりも大事なこと

 もうひとつの要素が、相手の強烈なプレッシングをグループで打開する能力を身につけていたことだ。大味なチームに見えて、選手間の距離はいつも絶妙だった。近寄った3人のワンタッチのパス交換で抜け出すプレーを何回も見せ、スペイン選手の体力を消耗させた。日本も技術は高いはずだが、劣勢のなかで選手間の適切な距離を取りきれず、クロアチアのプレスに選手が孤立してボールを失うことが多かった。

 日本のサッカーにとって今回のワールドカップで残された最大の課題が、「ベスト8の壁」を突破するために何をしなければならないかであるのは間違いない。

 だがそれは、「4年後」への課題という捉え方だけでは足りないように感じる。8年後、12年後を考え、それぞれの時点での到達目標を明確にして、この時点から取り組みを始めなければならない。

 良い選手を並べ、おそらく大会への準備もうまくいったに違いないモロッコが「ベスト8の壁」を破った。だがモロッコが次大会でもこのレベルに到達するとは、まだ思えない。そして、ブラジルを筆頭に、「常連」の国々が今大会も「最後の8チーム」に残り、見知った顔ぶればかりで優勝を争おうとしている。

 「ベスト8の壁」を突破することではなく、「ベスト8の力をつける」ことを目標にしなければならない。たまたまベスト8にはいるのではなく、ラウンド16の組み合わせを見たときに、世界の多く人が勝ち残るチームに日本を挙げるような状態を目指さなければならない。そうでなければ、ワールドカップ優勝などという大目標に向かっていくことなどできない。