潰された男の血が、エアリアルの手のひらにベッタリとこびりつく。コクピットから降りてきたスレッタは、その血で足を滑らせてしまった。そして、エアリアルと同様に血に染まった掌をそのまま差し出し、満面の笑みで「助けに来たよ、ミオリネさん」とにこやかに言い放ったのだった。
その言葉と笑顔の異様さ、感情の落差と倫理観のズレはスレッタに何かが起き、そして何かを失ってしまったことを強く印象づける。これまで無邪気な少女だった彼女は、たった一話で“命を奪うことに迷いのない存在”へと変貌してしまっていた。
スレッタがエアリアルでミオリネのもとへ駆けつける直前に、自分を助けるためにプロスペラが人を殺したことにショックを受ける描写があった。しかしその場面で語られたのは、「逃げたらひとつ、進めばふたつ」――幼い頃から繰り返し聞かされてきた“進むことで得られるものがある”という教訓だった。
スレッタはこの教訓を受け入れ、まるで洗脳されたかのように変わってしまった。彼女があの場面で躊躇なく人を叩き潰すことができたのは、この教えが根深く刷り込まれていたからだろう。娘の身を案じる母親としてではなく、スレッタを“自分の目的のために動かす道具”として育ててきたプロスペラの冷徹な一面も垣間見えた部分だ。
それまで「ほのぼの学園モノ」「百合成分多め」と思われていた「機動戦士ガンダム 水星の魔女」の雰囲気が、たった数カットで一気に“血と狂気を孕んだガンダム”へと変貌したその演出力は、まさにシリーズ屈指のインパクトだった。
アニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』は、サンライズ制作によるロボットアニメで、「ガンダム」シリーズ初の本格的な女性主人公作品。矢立肇氏・富野由悠季氏の原案によるオリジナル作品で、第1期は2022年10月から2023年1月まで、続く第2期は2023年4月から7月まで放送された。
宇宙と地球の経済格差や企業間の利権争いを背景に、学園を舞台とした新たなガンダムの世界観が描かれる。物語は、水星からやってきた少女スレッタ・マーキュリーが、モビルスーツ「ガンダム・エアリアル」と共に、名門アスティカシア高等専門学園での出会いと成長を通じて、過酷な運命に立ち向かっていく姿を描く。
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