国は、県は、町は、どう向き合うのか─ 震度7が浮き彫りにした避難計画の課題 「集団的な無責任体制」で住民らの不安拭えぬまま… 能登半島地震

テレメンタリー
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 地震から9カ月余り。志賀町富来(とぎ)地区では、建物の公費による解体が本格化する一方、多くの住宅は、ブルーシートがかかったままだった。

「みんな志賀町をもう忘れているでしょう。石川県で被災地といえば輪島珠洲になってしまいますからね。志賀町はまだいい方なんでしょうけどね。でもちょっと寂しいかな。忘れられたかなって感じがしますよね」(堂角さん)

 堂角さんは、およそ40年、大工を続けてきた。2024年5月に引退する予定だったが、地震で多くの住宅が損傷したため、修理の仕事に追われていた。

「とにかくもう順番にいっぱい待っているので、少しでも応えてあげたいなと思ってやっています。少しでもみんなに頑張ってもらって私たちもここに残りたいし、それにはやっぱり一生懸命やるしかないなと思ってます」(堂角さん)

「自然もすべてなくなってしまう。もっと真剣に原発問題を考えていかないと駄目」
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