脚本執筆にあたり、仙石さんが注目したのは、川田さんが自身の経験を「語れなかった時間」だ。「絵を描くまでの葛藤というか、言ってない期間の葛藤はすごかったんじゃないかなと。想像するに……」(仙石さん)
演劇制作に向け企画された座談会。この日のゲストは、西岡秀子さん(79)。香川県さぬき市出身の父親が、4年間の抑留経験や思いを短歌にして残していた。
「父は『寒さより 重労働の仕事より 一番つらき政治教育』と書いてますが。労働者の国を日本に帰ったら建設しろということで、政治教育が非常に強烈に行われて、父はそれがとても苦しかったと」(西岡さん)
西岡さんの父親は、帰国前に共産党への入党誓約書や、当時のソ連の独裁者・スターリンに宛てた感謝状を書かされたそう。さらに、故郷に帰った後は「社会的な差別」も待ち受けていたという。
「『どれくらい 赤くなったか人々は 興味津々我が言葉聞く』。ソ連帰りは『アカ(共産主義者)』だと(そういう社会の目があった)」(西岡さん)
また、別の回では、同じく父親が抑留者で、現在は語り部活動をしている仲井壽さん(68)も参加した。
「本当のシベリア抑留を知ろうとするなら、帰ってきてからどう生きたか。抑留体験がそれぞれの人の人生に、その後の人生にどういう影響を与えたかを知らないと、シベリア抑留の本質が見えてこないと思う」(仲井さん)
舞鶴で再認識した祖父の“ある言葉”
