■「とにかく死にたくないと思った」あの日から語り部へ
岩手県釜石市に住む、東日本大震災の語り部、菊池のどかさん。当時、菊池さんは卒業を2日後に控えた中学3年生。下校時間に大きな揺れに襲われ、他の生徒や隣の小学校の児童とともに高台へと逃げ延びた。
大学卒業後、地元釜石市の震災伝承施設に就職し、「語り部ガイド」として自らの経験を伝えてきた。
「みなさんは大切な人はいますか?私には大切な人がたくさんいます。それからたくさんいました。一人ひとりの命を守るため私はずっと語り部をしてきました」
「800人くらいがここの道にずらっと並んでいるので、人間の大渋滞なんですよね。上に走りたいけど走れない、上りたいけど上れない状況でした」
「実はもう津波が来ていました。さっきまで歩いてきた、頑張って頑張って避難してきた道がもうありませんでした。とにかく死にたくないと思いました」(震災の体験を伝える菊池さん)
現在は個人で仕事を請け負うフリーの語り部だ。菊池さんは「例えば何を持って逃げるのか。誰を助けるのか、一人で逃げるのか、いろいろな選択があると思うけれど、事前に考えていくことを大切にしてほしい」と話す。
激減する依頼と、語り部の高齢化
