■「体験を継承していくのは人」そして抱える“後悔”
東北大学・災害科学国際研究所。震災伝承に詳しい佐藤翔輔准教授は、伝承方法によって受け手の記憶にどれだけ違いが出るかを調査した。
調査では参加者90人を5つのグループに分け、語り部の体験談を伝える。方法は「語り部本人から話を聞く」「同じ話を別の人物から聞く」「語り部本人の声付き映像を見る」「音声だけを聞く」「文章を読む」で、どれだけ内容を覚えているか直後と8カ月後に確認する。
覚えていた量を数値化すると、直後はどのグループも大きな差はなかった。しかし8カ月後にもう一度確認をすると、最も記憶が残っていたのは「語り部本人から直接」話を聞いたグループだった。
佐藤准教授は「1位は(語り部)本人からの話だったが、2位は本人からの映像でもなく、音声でもなく、第三者から聞いた人の記憶が多かったことが分かった。誰がどんな手段でその話をつないでいくか、体験を継承していくかというと、物ではなく人なんだなということがよく分かった」と分析する。
震災で700人以上が犠牲になった宮城県名取市閖上地区。後悔を抱えたまま、活動を続ける語り部がいる。伝承団体「閖上の記憶」代表の丹野祐子さんだ。
「私は息子に『公太』という名前をプレゼントしました。でも、公太は13年しか生きることができませんでした。なぜ助けてやれなかったのか。なぜ代わりに私が死ななかったのか、今もとても後悔しています」(震災の体験を伝える丹野さん)
震災当時、丹野さんは自宅の隣にある公民館で激しい揺れに襲われた。その後、当時中学1年生だった息子の公太さんと合流するが、津波から逃げる際に見失う。2週間後、公太さんは変わり果てた姿で発見された。
「毎週月曜日、週刊少年ジャンプを買うこと、これを息子は楽しみの一つにしていました。あんなに『マンガばっかり読むな』って叱った私が今は息子の代わりに毎週月曜日、週刊少年ジャンプを買い続けています。1年で50冊。この15年でもう700冊近くになりました。床が抜けそうなんです。だからたまには帰っておいで、『もう勉強しろ宿題しろ』って言わないから、『マンガばっかり読んでていいよ』って言うから、たまには帰っておいで』これが今の私の本音です」
経験を話すたびに、震災当日に引き戻される。当時の学校の机に、丹野さんが震災後に書いたメッセージがある。
「閖上中の大切な大切な仲間14人がやすらかな眠りにつける様祈っています。津波は忘れても14人を忘れないでいてほしい。いつも一緒だよ」
「あの日大勢の人達が津波から逃れる為、この閖中を目指して走りました。街の復興はとても大切な事です。でも沢山の人達の命が今もここにある事を忘れないでいてほしい。死んだら終わりですか?生き残った私達に出来る事を考えます」
丹野さんは訴えかける。「かつてこの町にも地震の後、津波は来ていた。先人は私たちに『気をつけなさいよ』って忠告してくれていたのに、そのことに全く気づかず、『大丈夫、大丈夫、津波なんか来ない』って私は息子に嘘をついてしまった。でも本当はちゃんと伝えなくてはいけなかった。でも(文字は)いつの間にか読めなくなる、なんて書いてあるか分からなくなる。ましてや記憶は忘れる。人間は忘れる生き物だから。書くだけじゃなく、ちゃんと口頭で伝えなくちゃいけないというのを改めて実感しました」。
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