■「逃げることだけが命を守る」15年目の語り部たちの願い
2万人以上が犠牲になった東日本大震災から15年。復興とともに、風化という波が静かに私たちの記憶を押し流そうとしている。あの日の教訓を、犠牲者の無念を、後悔を、身を切る思いで伝え続ける人たち──。
釘子さんは8カ月ぶりに語り部活動を行った。「日本に住んでいる以上、いつ自分に起きてもおかしくないということを実感してもらいたい。だからこそ、家族で災害の際に避難する避難所とか、その避難所が本当に安全かどうかということも、ぜひ家族で話し合ってもらいたい。それが自分の大切な家族の命を守ることになるし、いろいろな方々の大切な命を守ることになるんじゃないか。ぜひそのことを考えていただければと思っている」。
高齢の女性を残して避難した大谷さんは、迷わず避難してほしいと語気を強める。「皆さん逃げましょうよ。逃げる時には。空振りでいい。 空振りだったということは、あなたの命はそこで助かっている。それでいいじゃないですか。逃げましょう。災害から身を守る方法は、逃げる以外にはありませんよ。逃げることだけが唯一、私たちの命を守ることにつながる。もう一度言います。皆さん、逃げましょう」。
我が子を失った丹野さんは、同じ思いをする人が二度と現れないようにと当時の後悔を語り続ける。「災害っていつ何時どこで起きるかわからない。他人事じゃなく、自分ごとに考えることが多分一番大事だと思っている。私自身、阪神淡路大震災を他人事だと思って見ていた。自分が被災者になって、遺族になって初めて気が付きました。決して他人事ではない。常に自分事として考える必要がある。今もそう思っている」。
震災当時中学生だった菊池さん。穏やかな海は、いつか再びその姿を変える。「この町には明治時代にも津波がやってきたそうです。震度2〜3というすごく小さな揺れが3分以上続きました。その揺れは小さかったので、逃げた方は少なかったそうです。その結果、14メートルほどの津波がやってきたこの町では多くの犠牲者が出たそうです。実はこの話は15年前の震災の日、私が地震にあったその瞬間、思い出した言葉です。明治の亡くなった方、それから生き残った方が伝えてくれていた言葉が、私の命を助けてくれました。1分以上長い揺れが続いたら、必ず逃げてください。そして自分の命を迷わずに守ってください」。
(岩手朝日テレビ制作 テレメンタリー『伝承の崖』より)
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