アジア最終予選の第9節・オーストラリア戦、カタール・ワールドカップ出場を決めた圧巻の2ゴールは、日本中に大きなインパクトを与えた。
川崎フロンターレでの躍進の記憶をさらに強烈に上書きする活躍で、一躍注目のアタッカーとなった三笘薫。6月6日に行なわれたキリンチャレンジカップ2022のブラジル戦でも積極果敢な仕掛けで観客を沸かせたが、レアル・マドリーでチャンピオンズ・リーグ(CL)優勝を経験したばかりの世界屈指のDFエデル・ミリトンの前に、歴然とした差を痛感することになった。
「ミリトンもスピードがあるので、どこまで自分のスピードが通用するか挑んだのですが、2回やって2回とも奪われたので、そこが今の自分の立ち位置だと思います。(ミリトンは)僕自身の1本目の仕掛けを見て、2本目以降の立ち位置や身体の向きを決めたと思う。そこで素早い対応力を学んだので、僕もさらに上に行く駆け引き、対応力をもっと磨かないといけないと思った」
試合後の会見で三笘はこう反省を口にしたが、彼の心の内をテレビで見つめながら察している人物がいた。
「ブラジル戦はすごく楽しそうに見えました。何回挑んでもやりたいプレーができない、やりきれないという現実をあそこまで感じたのは久しぶりだったと思います。テレビ画面に一瞬映った顔を見たら、ちょっと晴れやかなもののように感じました」
こう語ったのは、筑波大蹴球部の小井土正亮監督。大学で三笘を4年間指導した恩師だ。
ブラジル戦、三笘は72分に伊東純也に代わって投入され、そのまま左ウイングの位置に入った。ミリトンはCBでスタメン出場したが、三笘が投入される前に右サイドバックにポジションを変え、2人のマッチアップが実現した。
三笘は81分、左サイドでボールを受けると、寄せてきたミリトンに対してワンタッチで大きく前にボールを出して加速したが、すぐにコースを切られた。鋭い切り返しからふたたび縦に仕掛けるも、身体を巧みに前に入れられてボールを奪われた。
直後の82分には左サイドで、突破ではなくシンプルにクロスを入れる(クロスはDFに当ってCKへ)と、86分には左サイドからカットインして、対峙したMFブルーノ・ギマラエスを直角のフェイントでかわしてからワンツーでペナルティボックス内に侵入を試みる。ギマラエスに身体を当てられて突破は成功しなかったが、あわやPKかというシーンを作り出した。
さらに88分、左サイドでふたたびミリトンと1対1に。一瞬のスピードで斜め前に仕掛けるが、これも動きを読まれて身体を先に入れられ、突破には至らなかった。
本人と小井土監督の言葉通り、最大の武器である突破からのラストパス、フィニッシュは出せなかったが、たった20分間ほどの出場時間にもかかわらず、三笘はブラジルを相手に3度も突破を試みる積極的なプレーを見せた。
「彼が今回感じた壁は、コンディションも万全でパフォーマンスを上げてきたなかでも、敵わない相手がいるんだという壁。僕はそのなかでもどんどん仕掛けに行った姿勢は素晴らしいと思いましたし、一回変化をつけて中に仕掛けてPKをもらいそうになったシーンとか、強い意志と冷静さを持ってプレーをしてくれたことが嬉しかった」(小井土監督)
大学時代、小井土監督は三笘を1年時からトップチームで起用しながらも、不動のレギュラーではなく、ベンチスタートにしたり、試合に起用しなかったこともあった。それはある点を考慮してのことだった。
「チームの中で勝つために必要なプレーをやり続けられるかというと、攻撃面で一瞬は煌めくかもしれませんが、守備で穴になってしまったり、薫がいることでチームが彼のリズムになってしまって、チーム全体としては流れが悪くなってしまうところもあった。だからこそ、シンプルに戦術的な理由でスタメンから外すこともありました。
でも、すごいなと思ったのは、本人がそのなかで自分にベクトルを向けて、思考と工夫と努力をたゆまなかったことですね。毎年、自己分析シートを選手達に書かせているのですが、薫のシートを見ると『口には出さないけど、こんなところまでちゃんと考えているんだな』と思うことが多々ありました。客観的に見えるし、足りない部分をきちんと言語化できる選手だと思ったからこそ、ときには厳しいことも言いましたし、起用しない選択をしても、薫なら腐らずに成長してくれるという確信がありました」
小井土監督は三笘を左サイドハーフ、左ウイング以外にもトップ下や1トップでも起用した。中央のポジションを託されたことで、周りと連動しながらチームとしてリズムを作りつつ、そこからチャンスとなるタイミングで自らの武器であるスピードに乗ったドリブルを発揮することを覚えていった。
チーム戦術のなかで安定したパフォーマンスを発揮できる術を学びながらも、自らの武器を研ぎ澄ますことを忘れない。三笘は全体練習後の自主トレの時間でひたすら1対1をやっていた。試合前日にスタメンではないことを伝えたあとの自主トレでは、より熱量が帯びているように小井土監督は感じていた。
「あまり顔に出さないタイプなのですが、『明日は試合だからほどほどにしとけよ』と思いながらも、薫はもう集中し切った様子で黙々と1対1をしているんです。その姿を見て、『悔しいんだろうな』と思いましたね。落ち込むよりは練習にぶつけるタイプでした」
1対1のこだわりも相当なものがあり、練習の相手はいつも同級生のCB山川哲史(ヴィッセル神戸)だった。186センチのサイズとフィジカルを誇り、サイドバックも兼任するなどスピードも兼ね揃えていた山川は、三笘にとって最高の相手だった。
「同じ選手とずっとやることで、どの持ち方をしたらどう仕掛けてくるか、仕掛けてくるタイミングを分かった状態でやるので、ごまかしが利かないんです。本当に駆け引きをして、きちんと技術を出さないと抜けない。しかも相手がチームで一番守備力のある山川。薫も自分が一番鍛えられる方法を理解したうえでやっていた」
三笘は小井土監督のアプローチを受けながら、貪欲に自己研鑽に努めた結果、チームの中における自分の役割を把握したうえでプレーの引き出しを増やし、かつ武器の威力もより強烈なものになった。
大学3年になると、ようやくレギュラーの座を掴み、左サイドでのプレーがメインとなった。この辺りから各大学は三笘の突破力を封じるべく、筑波大との試合にだけ、チームのスタイルを変えてまで、2人から3人の選手を当てて、右サイドの守備に重点を置いた『三笘シフト』を敷いてきた。それを持ってしても三笘は相手の守備網を破壊するプレーを見せ、大学レベルでは無双状態になっていた。
川崎に加入すると、タレント豊富なチームの中に身を置いたことで、突破力はより強固に磨かれた。もともと持っていたゴール前での嗅覚、シュートのうまさが遺憾なく発揮され、今日の三笘薫へと繋がっている。
「自分のなりたい姿に対して、貪欲に掴み取りにいっているのが薫のサッカー人生。だからこそ、ブラジル戦も新たな『なりたい姿』が見つかったと思うんです。それがあの表情に表われていたのかなと」
恩師が見逃さなかった三笘の晴れやかな表情。ブラジル戦に出場した20分間で彼が手にしたものはとてつもなく大きなものであった。
取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)
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