セルビア代表のドラガン・ストイコビッチ監督を右腕として支える日本人コーチがいる。“ピクシー”と名古屋でも共闘し、2010年のリーグ優勝に貢献した喜熨斗勝史だ。

 そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。第16回は、FIFA主催のワークショップとパリ・サンジェルマンの日本ツアーについて語ってもらった。
 
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 リーグ戦が開幕したり、プレシーズンマッチを開催したりで、欧州は新シーズンの幕開けを迎えつつあります。今季は11月にワールドカップ・カタール大会。私自身、ワールドカップイヤーが本格的に始まるなという実感が沸いてきています。

 個人的にカタールで良い機会を得ることができました。7月1日から7日までの間、FIFA主催のワークショップに参加してきました。カタール・ワールドカップに出場する32か国の要人や現場スタッフが参加。今大会から導入されるテクノロジーの説明や、我々セルビア代表が宿泊する施設や練習場などを確認してきました。

 またアーセン・ベンゲルさん(FIFA技術研究グループ長、国際サッカー評議会のテクニカル諮問委員会及びサッカー諮問委員会のメンバー)やイングランド代表のガレス・サウスゲート監督とも話す機会に恵まれました。日本からは分析担当の方が参加。先月6月に行なわれた親善試合の日本対ブラジルのデータを頂いたお礼もでき、とても有意義な時間を過ごせました。

 今回のワールドカップは過去にないほどテクノロジーが進んだ、画期的な大会になると実感しています。まず、すでに報道されているように“セミオートマチックオフサイドシステム”の導入。これは各試合会場に12台のカメラを設置され、各選手やボールの位置を正確に計測します。ボールには計測チップが埋め込まれており、オフサイドポジションにいた選手にパスが通った時には、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)に自動的に通知がいきます。VARはこれを受けて映像を検証。そしてフィールド上の審判員に通知できるようになっています。

 飛び出した選手がプレーに関与したかどうかは人間の目で確認します。そのためオフサイドディレイはありますが、明らかにひとりしか関与していないのならばオフサイド判定がされるようになるので、今よりもオフサイドディレイの回数は減るのではないでしょうか。現場としてはストレス軽減になるのは間違いないですね。
 またベンチ前にはタブレットがふたつ提供されます。ひとつは18年のロシア大会から許可されたデータ分析などに用いるテクニカル用。もうひとつはメディカル用です。メディカルはアクシデントがあった時に見られるもので、負傷箇所などや状況などもすぐさま分かり、監督やコーチとの連係が取りやすくなっています。

 ただ、ベンゲルさんが良いことを言っていました。「テクノロジーが進み、サッカー界にとってはありがたいことだ。でも一番大事なのは技術。そこを忘れないで欲しい」。まさにそのとおりで、最新テクノロジーではなく、ピッチ内でのプレーでワールドカップの価値を示せるようにしたいものです。コーチングスタッフのひとりとしてワールドカップに参加できるのは名誉ですし、改めてしっかりやらなければという想いにさせていただきました。

 その後は日本に帰国して、E-1選手権やパリ・サンジェルマンの親善試合を見に行きました。これまで何度も記してきましたが、やはり日本と世界の“違い”を痛感せずにはいられなかったです。同時に日本のサッカーファンの目は肥えてきているなとも感心しました。
 
 例えば川崎対パリSG戦。チームを立ち上げたばかりのパリSG相手に、Jリーグ王者の川崎ですら守備の時間帯を長く強いられました。家長昭博選手は個の違いを出せていましたが、チーム全体の戦い方は先月の日本代表vsブラジル代表と似ているように映りました。相手は危険な位置にどんどん走り込んでくるけど、こちらは横パスが多く、ゴールに向かうのではなく斜めにドリブルさせられる。ミドルシュートを打つシーンも少なかったです。もっと個を出せるようにプレーしなければいけませんし、個性を引き出すようにしていかないといけません。

 見ている方々は、世界のサッカーがよりアトラクティブなものになっていることを分かっています。だからパリSGの試合に6万人が入り、鹿島で行なわれたE-1選手権の香港戦では5000人弱になる。日本サッカーのレベルが上がっているのは事実ですが、それ以上に世界のサッカーレベルは上がっています。観客数から目を背けるのではなく、受け止め、そこから進んでいくことも必要ではないでしょうか。
 そして、その“違い”を埋める手段として私が期待しているのは、先日発表された『Japan's Way』です。日本サッカー協会による日本サッカーの強化指針ですが、以前、私が参加したFIFA主催の『タレントディベロップメントスキーム』という会議でもFIFAの方から言われたように、漠然としたものではなく、明文化された方向性を示すことは大事です。その一歩を踏み出したのはポジティブ。幹になる“指針”をより強固にするため、海外リーグに所属する選手や指導者たちが刺激を与える存在になれば良いですね。

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PROFILE
喜熨斗勝史
きのし・かつひと/1964年10月6日生まれ、東京都出身。日本体育大卒業後に教員を経て、東京大学大学院に入学した勤勉家。プロキャリアはないが関東社会人リーグでプレーした経験がある。東京都高体連の地区選抜のコーチや監督を歴任したのち、1995年にベルマーレ平塚でプロの指導者キャリアをスタート。その後は様々なクラブでコーチやフィジカルコーチを歴任し、2004年からは三浦知良とパーソナルトレーナー契約を結んだ。08年に名古屋のフィジカルコーチに就任。ストイコビッチ監督の右腕として10年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献した。その後は“ピクシー”が広州富力(中国)の指揮官に就任した15年夏には、ヘッドコーチとして入閣するなど、計11年半ほどストイコビッチ監督を支え続けている。
指導歴
95年6月~96年:平塚ユースフィジカルコーチ
97年~99年:平塚フィジカルコーチ
99年~02年:C大阪フィジカルコーチ
02年:浦和フィジカルコーチ
03年:大宮フィジカルコーチ
04年:尚美学園大ヘッドコーチ/東京YMCA社会体育保育専門学校監督/三浦知良パーソナルコーチ
05年:横浜FCコーチ
06年~08年:横浜FCフィジカルコーチ(チーフフィジカルディレクター)
08年~14年:名古屋フィジカルコーチ
14年~15年8月:名古屋コーチ
15年8月~:広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター
19年11月~12月:広州富力トップチーム監督代行
21年3月~: セルビア代表コンディショニングコーチ