世界には、多種多様な文化がある。宗教も、そのひとつである。今年ワールドカップが開催されるカタールでもイスラーム(イスラム教)が広く浸透しているが、蹴球放浪家・後藤健生が初めてイスラームに触れたのは、東南アジアのある国だった。

■空に浮かぶ星と三日月

 成田空港からクアラルンプール行きのマレーシア航空機に搭乗。出発してしばらくすると、後ろの席で日本人同士がサッカーの話をしているのが聞こえてきました。今なら普通のことでしょうが、当時はマイナー競技であるサッカーを話題にする日本人というのはかなり珍しい存在でした。

「いったいどんな人たちなんだろう」と思って振り返ってみたら、そこに座っていたのは『サッカーマガジン』編集部の千野圭一さん(故人)とカメラマンの今井恭司さん(現在もお元気)だったのです。

 こうして、日本代表のことなども話題にしながら飛行機は目的地に向かって順調に飛行を続けました。

 そして、いよいよ飛行機がクアラルンプールに向かって降下を始めた頃、ふと窓の外を見ると、くっきりと三日月が輝いていました。そして、三日月のすぐ横には明るい星が一つ輝いていました(たぶん、木星でしょう)。

 三日月と星……。

 そう、まるでイスラームのシンボルのようでした。たとえば、トルコやチュニジアの国旗にも、三日月と星が描かれていますよね。マレーシアの国旗の左上部にも、青地に黄色で月と星が描かれています(星は13州+クアラルンプール直轄市を表す14極星)。

■アジアの多様性を学ぶ

 マレーシアにはマレー人、中国系の華僑、そしてタミール人などインドからやってきた人たちが住んでいますが、最大の民族であるマレー人はその多くがイスラーム教徒です。

 実は、僕にとってイスラーム国家を訪れるのはこの時が初めてでした。それで「イスラームの国って、どんなところなんだろうか?」と興味津々だったのです。だから、到着前にイスラームのシンボルのような三日月と星を見た偶然をとても嬉しく感じたというわけです。

 クアラルンプールでは、いくつかのモスクを訪れました。また、中国人が通う仏教や道教の寺院、そしてインド人のためのヒンズー教寺院なども見学して、アジアという大陸の宗教的な多様性の一端に触れたような気がしました。初めてのイスラーム体験はとても新鮮でした。

 もっとも、その後、1990年代以降には日本代表の遠征に合わせて中東諸国に何度も通うようになりました。聖地マッカやマディナがある本家本元のサウジアラビアにも行きましたし、かつてのイスラーム文化の中心地シリアのダマスカスも訪れました。それで、今ではイスラーム社会にもすっかり慣れて、珍しさなどまったく感じなくなってしまいました。

■カタールで訪れるべき場所

 今年の11月にはカタールでワールドカップが開かれます。カタールは、本来はイスラームの中でもかなり厳格なスンナ派サラフィー主義が多数を占める国なのですが、さすがにワールドカップ期間中はスタジアムなどでは飲酒も認められるようです。

 僕も、カタールには何度も行っているので、祈りの時間を告げるアザーンを聞いてもあまり心を動かされることもないでしょう。

 ドーハにある「カタール・イスラーム文化センター」はイスラームや他の兄弟的宗教(ユダヤ教、イスラム教)について非常に分かりやすい展示をしている博物館なので、「イスラーム国家訪問は初めて」という方には一見の価値があるのではないでしょうか。

 僕が訪れた時にはアラビア文字の書道家がいて、アラビア文字のいくつかの書体で訪問者の名前を書いてくれていました(ちなみに、入館料も含めてすべて無料)。