カタール・ワールドカップ開幕まで、1週間を切った。世界中が楽しみにする大会だが、単なるお祭りで済ませてはいけない問題がある。開幕直前だからこそ知っておくべき問題点と利点を、サッカージャーナリスト・後藤健生が突く。

■好影響は表れるか

 もっとも、影響はネガティブなものばかりとは言えない。

 従来のように6月に開催される場合、多くの選手は長いシーズンを終えて疲労を蓄えた状態でワールドカップに臨んでいた。調整期間はあるとはいえ、疲労は拭い去れない。

 それに対して、11月開催であれば、2022-23年シーズンが開幕してから4か月ほどが経過した時期であり、疲労はそれほど蓄積していない。従って、負傷を抱える選手以外は、6月開催の場合よりも良い状態でプレーできる可能性もある。

 そうした理由でカタール大会の試合内容が良かったとしたら、将来的にも開催地によらず、10月とか11月に開催することが検討されてもよいかもしれない。もちろん、インターナショナルマッチのウィンドウを見直して、各国リーグ戦の中断期間をもう少し長くしてのことだが。

■人権問題に寄せられる批判

 さて、以上は11月開催に伴う問題点と期待だった。

 次に、「カタールでの開催」についての是非について考えてみたい。

 カタール開催に対する(とくにヨーロッパ諸国からの)批判は、カタールの人権状況を巡るものだった。中東産油国ではどこでもそうだが、単純労働は主としてインド亜大陸出身の労働者に委ねられており、彼らは過酷な労働条件の下で働かされており、労働災害で多くの労働者が命を落としていると伝えられていた(インド亜大陸諸国にとっては貴重な外貨源なので、各国政府も強く抗議できない)。

 そして、ワールドカップのスタジアムなど施設の建設工事でも、そうした労働災害が頻発しているとの報道もあった。

 こうした批判に関してはFIFAもかなり気を使っており、国際労働機関(ILO)も巻き込んで労働環境の改善がなされたということが宣伝されている。

 その他、性的少数者(LGBTQ)に対する差別なども含めて、人権擁護団体からのカタール大会に対する批判の声は根強い。

■無理がある一都市での開催

 直接的な問題点としては、なによりもドーハ(および近郊都市)だけでワールドカップという巨大な大会を開催することの是非である。32か国が参加して64の試合が行われる大会は、通常であれば人口数千万人の領域国家の国土全体を使って10か所以上の都市を使って開催される。

 2014年大会(ブラジル)、2018年大会(ロシア)は人口が2億人を超える巨大な国での開催だった(国内移動が大変だった)。

 一つの都市で、32か国の選手団や観客を受け入れることにはあまりに無理がある。通常宿泊料金が5000円程度のホテルが5万円といった料金を設定する事態が発生するのも無理からぬことである。

 また、無駄な施設の建設を避けるために、本来なら各地にある既設のスタジアムを改修してワールドカップに使用すべきだ(サッカー伝統国での開催の場合、競技場の新設はごく一部に過ぎない)。

 前回大会決勝が行われたロシアの首都モスクワでは、ルジニキ・スタジアムとロコモティフ・スタジアムが改修されて使用されたが、両スタジアムは大会後も(ロシアが無謀な侵略戦争を引き起こしたりしなければ)ナショナル・チームの試合や国内リーグの試合に継続的に使用されるはずだった。

 だが、ドーハの場合、64試合を開催するために4万人以上収容のスタジアムが8つも整備された。ハリファ・インターナショナル・スタジアムは既存施設だったが(1993年のワールドカップ・アジア最終予選のメイン会場であり、2011年のアジアカップ決勝戦の舞台)、その他は新設だ。

 ほとんどのスタジアムが、ワールドカップ終了後にはダウンサイジングされ、スタンドの資材はスポーツ施設などで活用される計画だと言われるが、どう考えても無駄な支出である(民主体制の国ではとうてい許されることではない)。

 11月開催とは別に、カタールという小国でワールドカップという巨大な大会を開催することには、どう考えても無理があるのだ。

■3大陸から等距離の中東

 カタールでの開催のメリットは、地理的にカタールがヨーロッパ、アジア、アフリカの3大陸から近いということだ。

 各国リーグの合間に開催することが可能なのも、ヨーロッパから近く、時差がほとんどないため、選手にとって移動の負担が小さいからだ。

 2014年のブラジル・ワールドカップではアジア勢は日本代表を含めて全滅に近い惨敗に終わった。あきらかに長距離移動が負担になっていたように思われる。そして、ヨーロッパ勢も優勝したドイツを除いて、良いコンディションで戦えなかった。彼らにとっても、自国から南米大陸までの移動は負担が大きかったのだ。

 その点で、カタール(中東)というのは各大陸からに近く、等距離にあるという明らかなメリットがある(南米諸国の代表チームも、選手の多くがヨーロッパでプレーしている)。

 大会中の移動の負担もまったくなく、また開催都市による気象条件の違いもないのだから参加各チームはストレスなしで試合に集中できる。各チームの条件が同じという意味では、きわめて公平な大会となるであろう。

 以上のように、11月のカタールで開催される大会には様々な問題点と利点が存在する。「将来のワールドカップがどうあるべきか」ということを考える上での一つの実験と見なすこともできるかもしれない。

 そうした面も、考えながら観戦しておきたい大会なのではないだろうか。