アーセナルのディフェンダーである冨安健洋は、今や日本サッカー史上最高のディフェンダーと言えるかもしれない。

「間合い」

 それを完全に自分のものにしている。

 相手のミスをしっかり待って挑むディフェンダーはごまんといる。否定しているのではない。それは一つの基本と言える。

 しかし冨安の場合、自ら仕掛け、ボールを奪い取れる。たとえ逆を取られたとしても、即座に対応できる。守備者でありながら、相手にイニシアチブを与えない。

 主導権を取れるディフェンスの土台になっているのは、たぐいまれな身体能力だろう。パワー、スピードの爆発力は、本人も持て余すところがあるほどではないか。必然として、守備エリアが広く、濃密になる。

 そしてもう一つ、十代にしてJリーグの舞台を踏み、すぐに海外に出て、歴戦の猛者と対峙してきた点が大きい。ディフェンダーが成長するための最短距離は、想像を超える様々なタイプのアタッカーと対決を繰り返すことにある。真剣勝負でしか得られない邂逅というのか。そこでの失敗を糧とすることができたら、戦いを重ねるたび成長できる。
 
 冨安は修練の中で独自の間合いを手に入れたことによって、バックラインではセンターバックだけでなく、右サイドバックでも、左サイドバックでも、持ち場を任せられるほどになった。相手と対峙した時、単純に負けない。それがディフェンダーとして強力な武器になっている。

「剣術の道理をはっきりと見分ければ、一人の敵に自由に勝つときは、世の人すべてに勝つことができる。人に勝つということでは、一人の敵であろうと千万人の敵であろうと同じことである」

 これは宮本武蔵の「五輪の書」の一節だが、まさに冨安の極意につながるだろう。

 冨安はボールホルダーの隙を見逃さない。また、圧力をかけることによって、隙を作る。そうして自分の間合いで”斬りかかる”のだ。

「敵と撃ち合う時、”どたどた”と拍子がかみ合わなくなった状態になったならば、敵が打ってくるのを我が太刀で叩いておいて打つことである。叩くということは、さして強く叩くのでもなく、また受けるのでもない。敵が打ってくる太刀に応じ、太刀を叩き、叩くよりも早く敵を打つことである。叩くことによって先手を取り、先手を取って打つことが肝心である。叩く拍子が上手になると、敵がどんなに強く打っても、少しでも叩く気持ちさえあれば、こちらの太刀先は落ちない」

 その存在は日本代表でも頼みの綱だ。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。

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