2人合わせて「ワールドカップ25大会」を取材した、ベテランジャーナリストの大住良之と後藤健生。2022年カタール大会でも現地取材を敢行している。古きを温め新しきを知る「サッカー賢者」の2人がカタール・ワールドカップをあらゆる角度から語る!

■最近のスタジアムの流行

「スタジアム博士」などと言っていただいて大変に光栄です。

 さて、大住さんご推奨のスタジアム974。実は8つのスタジアムのうち、僕はここだけは訪れる機会がなかったのだが、11月30日のポーランド対アルゼンチンの試合でようやく実物を見ることができた。

 大住さんがおっしゃる通り、コンセプトもその構造も、そして、何と言ってもその見た目もユニークなスタジアム。今大会の最高傑作であることは間違いない。

 他の7つのスタジアムもそれなりに個性的に造られてはいる。

 遊牧民のテントをモチーフにしたというアルバイト・スタジアム、民族衣装の帽子の形のアルトゥマーマ・スタジアム、あのザハ・ハディドの設計なので、3000億円を越える巨額な建設費が批判されて白紙撤回となった同じ設計者の東京・新国立競技場案とそっくりなアルジャヌーブ・スタジアム……。

 しかし、最近は世界中どこでもそうだが、スタジアム本体を殻のようなもので覆ってしまうのが流行りなので、スタジアム本体の構造が見えない。つまり、「個性」といっても、その殻や幕(アルバイト・スタジアムの場合)のデザインでしかないのだ。

 2002年ワールドカップ当時はスタジアムの個性は屋根で表現された。白鷺をイメージした埼玉スタジアムの屋根だとか伊達政宗の兜の前立ての形をした宮城スタジアムの屋根といったように、だ。

 そして今は殻で覆うスタイルが主流になっている(北京の「鳥の巣」などもそうだ)。

■カタールでは何が残るのか

 古い時代のスタジアムは建築の構造そのものがむき出しになっており、そこに個性が表現されていた。

 4年前のロシア大会決勝の舞台となったルジニキ・スタジアム。ワールドカップのためにスタンドなどは全面改築されて、陸上競技場だったスタジアムはサッカー専用となったが、外観は1956年の完成当時の列柱が立ち並ぶ構造がそのまま残された。旧ソ連がスターリンの独裁下にあった時代特有の「スターリン様式」と呼ばれる重厚なスタイルだ。

 2014年大会決勝はリオデジャネイロのマラカナンだった。ここもスタジアム本来は全面改築されて、ピッチはかつてのような楕円形ではなく長方形になっていた。

 ただ、外部はやはり昔のままに残された。1950年に完成したマラカナン。当時は世界でも珍しかった「片持ち梁」構造の屋根(視界を遮る柱がない屋根)が建設され、コンクリート製の屋根を支えるための巨大な梁が外見上の特徴となっていた。全面改築で屋根はグラスファイバーになったので巨大な梁は不要だったのだが、それでも“スタジアムの記憶”を残すために武骨な梁はそのまま残された。

 ワールドカップの楽しみの一つは、サッカー史に名を遺す名試合の舞台となったスタジアムを巡り、歴史に思いを馳せることだ。マラカナンでは、あの特徴的な屋根を眺めながら1950年大会の「マラカナッソ」を想う……といったように。

 だが、カタール大会で唯一記憶が残っているスタジアムはハリファ・インターナショナル・スタジアムだけ(アジア人以外には知る人もいないささやかな歴史)。他は新築だから、記憶のありようがない。

 そして、カタール政府は否定しているが、そのスタジアム建設のために多くの外国人労働者が命を落としたと言われている。先日、スタジアム建設に参加したというネパール人労働者の話を聞いたが、「11月は良い季節だが、夏場の労働は本当に大変だ」と語っていた。そんな事実を知っている身としては、スタジアム見物を楽しむような気にはとてもなれない。