ワールドカップが開かれているカタールは、蹴球放浪家・後藤健生にとって、勝手知ったる国である。だが、全土を知り尽くしているわけでもない。今回、2011年のアジアカップで「未開拓」だった地区に、思わぬ形で足を踏み入れることになった。

■バスの乗車賃が安い理由

「蹴球放浪記」の第122回「カタールの歩き方」で、僕はカタールは北の岬から南のサウジアラビア国境まですべて行き尽くしたかのように書きました。

 しかし、実はもう1か所、「行ってみようかなぁ」と思っていながらなかなか訪れる機会がなかった場所があったのです。

「インダストリアル・エリア」と呼ばれている地帯です。

 メトロ(地下鉄)は2019年開業ですから、2011年のアジアカップの時はまだ建設も始まっていませんでした。公共交通機関といえば、バスだけだったのです。

 バスは今回とは違ってアジアカップの時は無料ではありませんでしたが、交通系ICカードを手に入れれば1乗車3円くらいだったので、毎日バスを乗り回していた記憶があります。バスセンターに行けば、ルートマップももらえました。

 しかし、バスには裕福なカタール人は乗っていません。彼らは自家用車や運転手付きの自動車で移動しているからです。バスに乗っているのはインド亜大陸やアフリカ大陸出身の外国人労働者たちばかり。運転手も、もちろん外国人労働者です。

 つまり、バスは労働者たちのための乗り物だったのです。

 朝になると、労働者たちは南からバスに乗って続々とドーハにやって来ます。市内の建設現場やサービス産業などで1日働くと、夜にはまた南に帰っていくのです。

 その「南」、つまり労働者たちが住んでいるところが「インダストリアル・エリア」なのです。

■W杯で宿泊料金が高騰

 どんなところか、「行ってみようかな」と思ったのですが、「きちんと彼らのことを取材して記事にするのならともかく、物見遊山で見物に行くのはどうなのかなぁ?」などと思い悩んでいるうちに、日本チームが決勝戦まで進出してそれなりに忙しかったので、結局、「インダストリアル・エリア」訪問はできなかったのです。

 そして、2022年11月、なんと僕はその「インダストリアル・エリア」の住民となることができました。

 ご承知のように、カタール・ワールドカップでは宿泊料金が高騰しました。ワールドカップやオリンピックのようなイベントでは、ホテル代は必ず高額になりますが、大会が近づくと値段が下がってくるのが普通です。しかし、カタール大会の場合は最後まで値崩れしませんでした。

 僕がドーハでの定宿にしているビジネスホテルも、いつもなら6000円くらいで泊まれるのに、ワールドカップ期間中は5万6000円といった値段になっています。

 そこで、僕は民泊斡旋サイトの「AIR B&B」で部屋を確保していました。それでも、個室だと最低で1万7000円くらい……。

■突然現れた安宿

「困ったなぁ」と思っていたら、ワールドカップ開幕まで1か月を切った頃、宿泊施設の新しい建物が完成したというニュースを読んだので、報道陣用の宿泊斡旋サイトに問い合わせました。

 3か月前に問い合わせた時には100ドル以下の部屋はとっくに売り切れた状態でしたが、改めて問い合わせたら、その新しく建設された施設の部屋が66ドルで出ていました。一般用販売よりも20ドルくらい低い値段でした(66ドルなので7000円くらいかと思ったら、悪い円安のおかげで1万円したのは驚きでしたが!)。

 それが、労働者用に建築された宿舎「バラハト・アル・ジャヌーブ」でした。大会終了後には外国人労働者がここで居住するはずです。