90分あってこそこの戦術が通用する
日本はアジア最終予選で[4-5-1]と[4-3-3]を使い分け、FIFAワールドカップ・カタール大会の出場を決めた。その後の6月、9月のテストゲームでは[4-5-1]に再チャレンジし、2-1と勝利したアメリカ戦では悪くない手ごたえを見せた。
しかしグループステージ初戦ドイツ戦では[4-5-1]で試合に臨み、前半は相手に圧倒される形に。長い時間押し込まれ、PKから早々に失点を喫した。
アジア最終予選から日本は修正力のないチームだと批判されていたが、ドイツ戦では素晴らしい修正を見せる。久保建英を下げて冨安健洋を投入し、3バックにしたのだ。これまで3バックをやったのは試合の終盤のみであり、使い方的に逃げ切り作戦と認知されていた。しかし森保一監督は後半スタートからその奇策を講じる。
この作戦変更が大成功だった。守備時は5バックとなってどっしりと構え、プレッシングでは3枚のFWで守備をするため、相手のビルドアップに制限をかけることができる。
スペイン戦ではスタートから3バックで試合に臨んだ。しかしドイツ戦のようには上手くいかず、アルバロ・モラタにゴールを許してしまう。4バックからの3バックが日本の策であったため、万事休すかと思われたが、ドイツ戦同様に逆転に成功した。
ジャイアントキリングを成し遂げたこの2戦には共通点があってその一つが3バック化。もう一つが後半から一段階ギアを上げることだ。分かりやすいのが、スペイン戦の同点弾であり、FWのプレッシングに呼応する形で両ウイングバックの三笘薫と伊東純也が相手のサイドバックまで出て行って守備をしている。前半にはなかったシーンであり、この強気な選択が日本を勝利に導いた。
前半耐えて後半ギアを上げる戦いにドイツとスペインは適応することができなかった。
近年サッカーのルール見直しが行われており、その中の一つの案としてプレイタイムの短縮が挙げられている。現状90分だが、60分にするのはどうかとの提案があった。
もしその案が通りサッカーが60分のゲームとなっていれば日本のこの作戦は成功していなかっただろう。
ドイツやスペインはボールを保持するチームであり、90分間試合をコントロールしたがる。しかしどうしても65分、70分以降は体力的に難しい時間であり、ワールドクラスのタレントでも後半スタートから出てくる元気な三笘や堂安には対応できない。ボールを保持するチームは足を動かしてパスコースを作っており、守る以上に疲労が溜まる。
SNS上ではこの戦術を「死んだふり作戦」と呼ぶ声が多く、まさに言い得て妙だ。前半守りに徹することで体力を温存し、後半一気に畳みかける。今大会から実施されている5枚の交代枠も追い風であり、この作戦で日本はどこまで進むことができるのだろうか。幸い今大会にはアーリング・ハーランドのような理不尽なストライカーはそれほど多く参加しておらず、次のクロアチアも絶対的な点取り屋がいない現状に悩まされている。