スイスはポルトガルに敗れ悲しかったろうが、それでも数時間で全ては正常に戻っただろう。スペインはグループリーグで敗退し、数日後に監督を解任し、W杯の話はせず、あと少しで始まるラ・リーガの話をすれば一週間で傷は癒えたろう。

 しかしブラジルの痛みはあまりにも大きい。別にセレソンが勝とうが負けようが、私たちの人生が変わるわけでも、戦争が終わるわけでも、金が儲かるわけでもない。それでもブラジル人がサッカーにこだわるのは、ブラジルにはそれしかないからだ。国は貧しく、政治もひどく、アマゾンは燃え、ビーチはゴミだらけ。それでもサッカーだけはブラジル人に誇りと笑顔をもたらしてくれるもの、現実を忘れさせてくれるものなのだ。それなのに――。

 セレソンは1つの国の希望を失わせた。アイルトン・セナが亡くなった日は悲しかったが、今は悲しいのでなく惨めだ。
 
 ブラジルの敗因を一言で言うなら「無責任」だったと思う。自分たちが抜け目なく、賢いと思い込んでいた。例えば、0-1で敗れたグループステージ最終戦のカメルーン戦。「負けたけれど選手を休ませられた。俺たちって頭がいい」――。彼らの思考はこうなのだ。日本人にはマリーシアが足りないなどと偉そうに言っているが、戦い方を知らないのはブラジルの方だ。

 一発勝負の準々決勝、延長に入って1-0とリードし、あと5分だけボールをキープしていればよかった。しかし交代したばかりのフレッジは、自分の力を示したかったのか、無責任にも攻めに出た。そしてボールを奪われ、クロアチアの同点ゴールにつながってしまった。

 かつてソクラテスが背負っていた8番をつけ、マンチェスター・ユナイテッドという強豪でプレーしているにもかかわらず、彼はあまりにも幼稚なミスをした。失点後、ネイマールが腕を振り、大声で何かを叫んでいた。ブラジルのTVはその口の動きから何を言っているかと読み取った。

「あと少しだったのに、いったいなんで上がったんだ!!」

 いやフレッジだけのせいではない、彼を代表に選んだチッチ監督、そのチッチを代表監督に選んだブラジルサッカー連盟会長、ディレクターのジュニーノ・パウリスタ、皆が背負うべきミスだ。
 PK戦も無責任さが見られた。なぜ成功率が高いネイマールが最初に蹴らなかったのか。それはネイマール自身が5人目を望んだからだった。最後のキッカー、自分のシュートで勝利が決まり、皆が走り寄り祝福される。そんな筋書きを勝手に描いていたのだろう。

 チッチはネイマールの言いなり、さらに悪いことに21歳のロドリゴを最初に蹴らせた。いくらレアル・マドリーのホープとはいえ、W杯のプレッシャーは別物だ。そして、最初のキッカーの失敗はそのあとのチームのメンタルに大きく関わる。例えばアルゼンチンは、オランダ戦でリオネル・メッシが最初に蹴っている。

 試合後のチッチ監督の行動も無責任極まりなかった。選手が皆ピッチに崩れ落ちるなか、さっさと一人ロッカールームに帰ってしまった。まるで他に大事な用事があるかのように。世界でそんな振る舞いをする監督がどこにいるだろう。例えば、同じくクロアチアとのPK戦に敗れた日本の森保一監督は、選手一人ひとりに感謝して回り、その後少なくとも3か所のサポーターのところに行き深々と頭を下げていた。逃げたチッチと森保監督、どっちがプロの振る舞いかはわかるだろう。
 
 もう一つのブラジルの敗因は、感情に振り回されることだ。これは以前からずっと言っていることだが、ブラジル人は順風で気持ちがよいと、サンバのようなジョゴ・ボニートを見せるが、しかしいったん逆境になると一気に崩れてしまう。

 ハイとローを行ったり来たりする感情のジェットコースターで、バランスの取れた状態がない。その最たる例が2014年のW杯で、ドイツ1-7で敗れたミネイロンの悲劇だろう。途中で気持ちが切れて、大量得点を許してしまった。

 今回の負けもそれに似ている。クロアチアに同点にされた途端、ブラジルはまだ五分五分であるにもかかわらずまるで負けたような空気になってしまった。PK戦となった時、中盤に集まるクロアチアの選手はみな闘志をみなぎらせていた。モチベーションはマックスだった。一方、ブラジルは足を引きずって下を向き、感情的にズタズタだった。もうこの時点で負けていたようなものだ。

 ブラジルは今大会で約480分をプレーしたが、良いプレーが見られたのはその内の韓国戦の30分とセルビア戦の30分、計60分ぐらいであった。それではW杯で勝てるわけがない。
 
 次世代の選手たちもすでにセレソンの無責任な空気に染まってきている。アントニーやラフィーニャは、すでに自分たちがスターだと思いこんでいる。前者は大会1か月前に首にタトゥーを入れ、カタールに来てからは髪を脱色することしか考えていなかった。彼らの頭にあるのは自分が目立つことばかりだ。

 唯一の希望はリシャルリソンだろう。彼は他の選手とは違う。例えば自分の給料の一部を恵まれない人々に寄付したりと、スターになったことの責任を理解している。今大会でブラジル最多の3ゴールを決めたのも偶然ではないだろう。
 
 これがネイマールの最後のW杯になると取り沙汰されている。今はそれが本当かはわからないが、でも、もしもう一度W杯でプレーしても彼は絶対メッシには追い付けないだろう。

 パリ・サンジェルマンでは今シーズンに入ってゴールやアシストを連発し、生まれ変わったように感じていたが、それは見せかけに過ぎなかった。W杯で気持ちよくプレーするために、彼はいい子になったふりをしていただけだ。もしかしたら自分も気が付いていないかもしれないが、中身は相変わらず子供のままだ。いつまでたっても本物のリーダーにはなれないだろう。

取材・文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子

【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。


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