【写真・画像】「捨てられた日本人」戦後80年 日本国籍を求めてさまよう“同胞”を追って 2枚目
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左から:那須カメラマン、松本ディレクター、東樹編集マン

―フィリピンの残留日本人2世の問題は、日本ではあまり知られてこなかった。取材するきっかけは?

那須雅人カメラマン(以下、那須):報道のカメラマンになって28年になりますが、毎年終戦記念日などに合わせて戦後をテーマにして企画取材をライフワークにしてきました。この作品の“浦本勲プロデューサー(以下浦本P)とは10年以上タッグを組んで、特集やドキュメンタリー作品を作り続けてきました。

2020年頃、浦本Pから「フィリピンの島々に無国籍のまま生きることになった残留日本人がいるらしい」という話があり取材しようとなりました。ですが、コロナ禍で海外取材は頓挫していました。

松本健吾ディレクター(以下、松本):僕は、2020年頃はバンコク支局で特派員をしていて、フィリピンには何度も取材で行くことがあったんです。当時のドゥテルテ大統領がこの作品でも取材に訪れた南部のミンダナオ島・ダパオが地元ということもあり、現地にいったことがありました。その時には、「なんで日系人が多いだろう」と疑問はあったけれど、それ以上は調べることはありませんでした。帰任して社会部の記者をしていましたが、2023年の戦後企画に合わせて、那須さんたちから声がかかりました。

残留2世の支援をしているNPO法人「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」の猪俣典弘代表の協力を得て、現地取材に行くことになりました。

「捨てられた日本人なんですよ。忘れられてしまった。棄民です」
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