15年カメラと見つめた「ゼロからつくった街」

テレメンタリー
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復興を可視化したくて執念の定点200か所

【写真・画像】希少疾患と闘う3歳の男の子や難病の祖母を救いたい…かつての創薬大国・日本で、新薬開発を阻む「死の谷」に挑む研究者たち 1枚目
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写真:瓦礫跡に住民らが種を植えたひまわりが咲く(2011年8月撮影)

 津波で消滅した市街地を中心に定点撮影を続けることにした。同じ場所で同じ構図で撮り続ければ街の変化がつながって見えてくるからだ。定点は約200か所に及ぶ。

 まず、那須カメラマンはANN(テレビ朝日系列)のカメラマンが撮影した膨大な震災の映像をすべて見直した。どこの場所で撮ったか詳細な記録などない。「番組のADさんと一緒に、Googleストリートビューを使って照らし合わせてあたりを付けて。現地で場所を特定したら地面にガムテープを貼ってズームの倍率などもメモして残しました」(那須カメラマン)。一人で全部は回れない。誰が撮っても同じ画になるように、徹底した。当時はHDカムテープ時代。いわゆる「同ポジ」映像を撮るために、「この定点はこのテープ」と決めて、そこに新しい風景を撮影し足していった。那須カメラマン自身も、100本以上のテープをスーツケースに入れて現場に持ち込んで各地を回って記録し続けた。現在と未来を撮り続ける一方で、津波で消えてしまった過去の陸前高田の風景を収めた写真や映像も同時に探して歩き、同じ画角と構図で撮影した。今は瓦礫だらけだが、そこにはかつて確かに街があったことを伝えるために。

【写真・画像】希少疾患と闘う3歳の男の子や難病の祖母を救いたい…かつての創薬大国・日本で、新薬開発を阻む「死の谷」に挑む研究者たち 2枚目
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写真:七夕の祭りを取材する那須カメラマン(中央)2014年8月撮影

「10年取材する覚悟あるか?」
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