15年カメラと見つめた「ゼロからつくった街」

テレメンタリー
(3/8) 記事の先頭へ戻る

「10年取材する覚悟あるか?」

【写真・画像】希少疾患と闘う3歳の男の子や難病の祖母を救いたい…かつての創薬大国・日本で、新薬開発を阻む「死の谷」に挑む研究者たち 3枚目
拡大する

写真:取材拠点となった区長宅で休む那須カメラマン(中央)2011年6月撮影

 被災した陸前高田や近隣には宿泊施設はほぼなかった。取材拠点から往復6時間かけて行き来するのは取材の足かせとなっていた。そこに手を差し伸べてくれたのが被災した集落の区長だった村上富夫さん。「10年取材する覚悟はあるか?あるなら使っていいよ」。津波で被災したものの板の間が残った母屋を寝床に貸してくれることになった。取材環境は一変した。夜や朝の様子も取材ができるようになっただけなく、区長の家には多くのひとが集まってきた。住民、自治体職員、ボランティアのひとびと。復興の現場を日常の会話から感じることができるようになった。

 「がんぱっぺし」。陸前高田の街にはこの言葉があふれていた。皆で復興しようという強い空気だったが、時が経つにつれて現実も見えてくる。ゼロから街をつくるのだが、津波のあった場所に再び街を作るのか、高台に移るのか、大規模な盛り土は安全なのかー住民説明会は何度も開かれた。那須カメラマンは全ての説明会に足を運んだ。

取材する側の都合ではなく「人を見つめる」
この記事の写真をみる(9枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る