15年カメラと見つめた「ゼロからつくった街」

テレメンタリー
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実は「果樹の街」陸前高田を通過する、から宿泊する街へ

 陸前高田には、復興のシンボルとなった「一本松」などを見ようと年間100万人以上の観光客が訪れる。しかし、多くは日帰り客で宿泊は隣の宮城・気仙沼や岩手・大船渡に行ってしまう。「街にお金が落ちないんです。陸前高田は車で来る人が多いのですが、お酒を飲んだたら泊まることになる。通過する街から宿泊する街にしたい。そうすれば、雇用も生まれて経済も循環していくと思った」(及川さん)。観光の仕組みをワインで変える可能性を考えたのだ。

 陸前高田は三陸海岸でも比較的温暖な地域で、南向きで海面(広田湾)の反射で日射量も豊富なこともあり、古くからリンゴやモモなどの果樹栽培が盛んだったという。ワインといえば地質も重要な要素だが、「陸前高田は花崗岩土壌で水はけがよくて、ブドウ栽培にも理想的な条件なんです」と及川さんは話す。

 陸前高田も「高齢化」が課題になっていて高台のリンゴ農家が高齢で放棄される畑が多くなっている。及川さんは農業を辞める人たちから畑を借りる形で、土地を集めていった。「草刈り管理してくれるなら、無料でいいよという人たちも多くて」(及川さん)。リンゴ畑だった場所を、ブドウ畑へと変えていった。リンゴ畑で採れたリンゴは、シードル(りんごのスパークリングワイン)にして販売している。 

“被災地の陸前高田”脱却して産業を
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