今シーズン、久しぶりに欧州5大リーグで奇跡が起きるかもしれない。

 2022年のブンデスリーガの“干支”を聞かれたら、恐らく大半の人は「アンダードッグの年」と答えるだろう。それくらい伝統的な強豪ではないクラブの躍進が目立つのだ。果たして、彼らは奇跡を起こしてドイツの頂点に立てるのだろうか? 前例と共に検証してみよう。

 今季ブンデスリーガでは異変が起きている。開幕6試合を終えた時点で、上位と下位に見慣れないクラブが並んでいるのだ。まず、今季スタートダッシュに失敗したのは優勝候補の一角と目されていたレヴァークーゼンだ。昨季3位のチームは、チェコ代表FWパトリック・シックや高速アタッカーのフランス代表FWムサ・ディアビを擁して今季こそ頂点を目指せるはずだった。しかしジェラルド・セオアネ監督のチームは連敗スタートを切ると、開幕6試合で勝ち点4の17位(18チーム中)。1982-83シーズン以降で最悪のスタートを切ってしまったのだ。

 一方で、上位勢にも異変が生じている。10連覇中にして絶対王者のバイエルンが勝ち点を取りこぼしているのだ。チャンピオンズリーグではインテルとバルセロナに完封勝利を収める強さを発揮しながら、国内リーグでは勝ち切れない試合が目立つ。開幕3試合で「15得点」というブンデスリーガ記録を打ち立てて3連勝を飾ったあと、直近3試合は計74本ものシュートを放ちながら3連続ドロー決着で足踏み。首位を明け渡し、現在3位に甘んじている。

 そんな王者を尻目にトップ2に着けるクラブこそ、これまで一度もリーグ優勝の経験がない、いわゆる“スモールクラブ”なのだ。

 まずは、今季ここまでわずか1敗の2位フライブルクである。1990年代にブンデスリーガ昇格を果たしたクラブは、10年以上もチームを率いるクリスティアン・シュトライヒ監督の下、近年は安定した成績を残している。昨シーズンも快進撃を見せており、32節を終えた時点で4位。残り2試合に勝てば、まさのチャンピオンズリーグ出場という大偉業を成し遂げるところだったが、連敗で惜しくも6位フィニッシュ。それでもポカールで初の決勝進出を果たすなど、充実したシーズンを過ごした。

 彼らは今季も勢いが止まらない。日本代表FW堂安律(24歳)を加えたチームは、第2節のドルトムント戦に1-3で力負けしたとはいえ、それ以外は堅守を誇っており、第5節を終えた時には首位にも立った。5試合でクラブ史上最多の12ポイントを稼ぎ、2000-01シーズンの開幕節以来、実に22年ぶりにブンデスリーガの首位に立ったのである。

フライブルク

[写真]=Getty Images

 だが、そんなフライブルクを1ポイント差で抑えて現在1位に君臨しているのが、これまた優勝経験のないウニオン・ベルリンだ。1960年代に東ドイツで再出発を果たした彼らが初めてブンデスリーガ1部に昇格したのは2019年のこと。わずか3年前の話だ。昇格1年目に11位と結果を残し、2年目も7位に入ってブンデスリーガに定着すると、昨季はトップ4争いを演じながら5位に入ってヨーロッパリーグ出場権を手にした。

ウニオン・ベルリン

[写真]=Getty Images

 今季は、絶対的エースとして活躍していたナイジェリア代表FWタイウォ・アウォニイをノッティンガム・フォレストに引き抜かれたが、それでも全く力が衰えていない。ここまで6試合でリーグ最少の4失点という堅守を誇り、第5節には王者バイエルンとドローゲームを演じて無敗をキープ。現在、勝ち点13でドイツの頂点に君臨しているのだ。彼らが、トップリーグで首位に立つのは1970年以来のこと! ん? ウニオンは、2019年にブンデスリーガ1部に初昇格したのでは?

 その通り、ブンデスリーガ1部で首位に立つのは当然初めての経験。52年前、彼らが首位に立ったのは東ドイツリーグ(DDRオーバーリーガ)のトップリーグの話。実は、当時でさえ彼らの首位は驚きだったという。それ以前で、彼らが首位に立ったのは1967-68シーズンのみ。もちろん、DDRオーバーリーガでの優勝経験もない。そんなクラブが、王者バイエルンやドルトムントを抑えてブンデスリーガの首位に立っているのである。

 サポーターの喜びもひとしおだ。というのも、今のウニオンがあるのはサポーターのおかげなのだ。2004年、ブンデスリーガ2部から降格の憂き目に遭い、財政破綻に陥ろうとしたクラブを救ったのがサポーターだった。彼らは150万ユーロの寄付を集めてクラブを救ったという。さらに、本拠地シュタディオン・アン・デア・アルテン・フェルステライの改築工事の際には、サポーターが計14万時間以上もボランティアで働いたそうだ。そんなファンたちが、今は「Spitzenreiter(リーグ首位)」と大合唱しているのだ!

 では、ウニオンやフライブルクといった“スモールクラブ”は奇跡のリーグ優勝を狙えるのだろうか?

 比較対象となるのは、近代サッカーにおいて最大の番狂わせを起こした“ミラクル・レスター”しかいないはず。彼らは2015-16シーズン、世界的ビッグクラブがひしめくイングランドのプレミアリーグでまさかの初優勝を果たして歴史に名を刻んだのだ。では、その時のレスターを参考に“アンダードッグ”による優勝条件をおさらいしよう。

■愛される指揮官

クラウディオ・ラニエリ

[写真]=Getty Images

 当時、レスターを率いていたのは“お茶目なイタリア人”、クラウディオ・ラニエリだ。ラニエリは選手たちにピザをご馳走したり、「ディリディン・ディリドン」とベルを鳴らす擬音語で話題を集めたりと、とにかく愛されるチームを作った。シーズン終盤、全てのサッカーファンがレスターを「自分の第2のクラブ」と呼ぶほどだった。

 フライブルクを率いるのは、欧州5大リーグでアトレティコ・マドリードのディエゴ・シメオネに次いで長期政権を築いているシュトライヒ。そしてウニオンの指揮官は常に冷静なウルス・フィッシャーだ。フィッシャーは首位に立っても「ファンは好きなように喜んでいい」と冷静沈着。「でも、私の見方は少し違う。私は順位表を見て、嬉しいのは1位ではなく14ポイントだ。今後、苦しい時期が訪れるだろう。そういうときに14ポイントが助けになる。今の順位表は、現時点のスナップ写真に過ぎないよ。」

 陽気なラニエリとは違うタイプだが、シュトライヒとフィッシャーも間違いなくファンから愛されている。そして勤勉なチームを作ってサッカーファンの支持も得ている。

■強豪の異変

 レスターが優勝できた最大の要因は“タイミング”だった。2015-16シーズン、当時のプレミアリーグでは強豪クラブが漏れなく過渡期を迎えていた。マンチェスター・Uは2013年に退任した名将アレックス・ファーガソンの“後遺症”に苦しんでおり、アーセン・ヴェンゲル政権が晩期を迎えたアーセナルはファンが不満を募らせ、マンチェスター・Cはシーズン途中に翌シーズンからジョゼップ・グアルディオラがチームを率いると発表した。さらにリヴァプールとチェルシーもシーズン途中に監督を交代。当時のプレミアには奇跡が起こる土壌があったのだ。一方で今季のブンデスリーガも、バイエルン(FWロベルト・レヴァンドフスキ)とドルトムント(FWアーリング・ハーランド)が絶対的エースを失っており、何か波乱を予感させる。

■新戦力の成功

レスター

[写真]=Getty Images

 当時のレスターは、MFエンゴロ・カンテ、DFクリスティアン・フックス、DFロベルト・フート、そしてFW岡崎慎司と新戦力が大当たりした。これに関しては、ウニオンとフライブルクも問題ない。ウニオンでは、ヤングボーイズから加入したアメリカ代表FWジョルダン・シエバチュがここまで2ゴール2アシストと大活躍。同じく新戦力のMFヤニク・ハベラーやノルウェー代表MFモーテン・トルスビーも即座に結果を残している。フライブルクに至っては、FW堂安律に始まり、オーストリア代表のFWミヒャエル・グレゴリッチュやドイツ代表DFマティアス・ギンターなど、新戦力が既にチームの屋台骨に定着している。

■日本人の活躍

堂安、原口

[写真]=Getty Images

「ヴァーディーとマフレズがこじ開けたドアを、岡崎が閉めて回った」。そんな記述が物語る通り、レスターの奇跡は岡崎慎司の献身的な働きなくして起こらなかったはずだ。今季のフライブルクでは堂安律が「ドアをこじ開ける」だろうし、ウニオンでは原口元気が、今は少し出番が限られているが今後必ず「ドアを閉めて回る」はずだ!

■懸念材料

 今季のウニオンとフライブルクはヨーロッパリーグに出場しており、7シーズン前のレスターとは違いリーグ戦だけに集中できないのだ。そもそも、昨シーズンの5位と6位のチームが優勝した場合に、それは「奇跡」と呼べるのだろうか?

 7年前、何とか残留を果たしたばかりのレスターの優勝オッズは「5001倍」だった。今季開幕前、フライブルクの優勝オッズはリーグ9番手の「301倍」、ウニオンは12番手の「501倍」。だから、例え彼らが優勝しても“ミラクル・レスター”の偉業を超えることはできないのかもしれない。それでも素敵なおとぎ話として語り継がれるだろうし、間違いなく「奇跡の優勝」と呼ばれるはずだ!

(記事/Footmedia)