良いコンディションなくして、良い結果など得られない。
短期決戦のワールドカップにおいて日本代表が躍進していくには外せないポイントになる。優勝を狙う強豪国は徐々にコンディションを上げていけばいいが、まだまだ発展途上にある日本の場合は初戦からトップに近い状態で入っていくしかない。そうでなければグループステージ1発目、ドイツ相手に勝ち点など奪えない。かつ「ベスト8」を目標に置くならチームとして良いコンディションを持続していく必要もある。
今回のカタールワールドカップは欧州主要リーグの中断から約1週間後に開幕する異例の形で開催され、中3日で回していく大会にもなる。
1999年から20年にわたって日本代表のアスレティックトレーナー、コンディショニングコーチを務めてきた早川直樹(現J2、V・ファーレン長崎フィットネスコーチ)は、過去3度のベスト16入りを陰から支えてきた日本サッカー界におけるコンディショニング指導の第一人者。彼には今回の大会が、どのように見えているのか。そして良いコンディションをキープして乗り切っていくにはどんなことが大切になってくるのか、じっくりと話をうかがった。
11月開幕の影響とは
――従来の6月開幕から11月開幕に変更となり、欧州のリーグが中断となってすぐの大会になります。準備期間も圧倒的に短いなかで本番に向かわなければなりません。日本代表にはどのような影響があると見ていますか?
「海外でプレーしている選手は試合が続いている状態、国内も大会が2週間前に終わったばかりとなるので、コンディション的には問題ないと思います。今大会は、これまでのワールドカップのような準備期間がないので、海外組で試合出場の機会が少ない選手、怪我明けでコンディションが不十分な選手については、試合勘がないことも含めて気になるところです」
――日本代表の強みは7大会連続のノウハウ。前回のロシア大会でも選手の疲労度を徹底的にチェックできたことが大きかったと思うのですが。
「コンディショニングについて、大きな転機となったのは2010年の南アフリカワールドカップです。それまでは選手との会話や体重の変化、マッサージ時の筋肉の状態などから疲労度を推察していましたが、高地での開催となった南アフリカ大会では、高地対策のエキスパートである三重大学(当時、現在は日本体育大学)の杉田正明さんに帯同いただき、血液検査、尿検査など客観的な指標と主観的な指標を合わせて、疲労度を推察しました。以降の大会ではそれらがベースとなり、さらに試行錯誤しながら現在に至っています」
――たとえば血液検査だとどんな頻度で、また、どの数値を見るのですか?
「基本的には試合の翌々日に実施してCK(クレアチンキナーゼ)を見ていました。この数値が高いと筋肉のダメージが強いと判断して、監督がトレーニング負荷を考える上で参考にしてもらいました。ロシア大会では6項目をチェックして、メディカルスタッフとも意見交換しながら疲労度を推察し、西野(朗)監督に報告しました。
客観的な指標でも主観的な指標でも個人差があり、本大会でのコンディショニングをイメージして時間をかけて基準値をつくっていくことが重要です。今大会のスタッフもこれまで積み重ねてきた経験に基づきしっかりとした準備をしていると思います」
中3日の連続をどう戦うか
――ロシア大会は初戦のコロンビア戦から2戦目のセネガル戦が中4日で、次のポーランド戦、ラウンド16のベルギー戦が中3日での試合でした。今回はグループステージだけで言うと、すべて中3日になります。
「4日間と3日間の準備では、次戦へのアプローチも変わってくると思います。4日間の場合、先発メンバーは最初の2日間を回復にあて、残りの2日間で戦術を確認していくことが可能となりますが、3日間の場合、どうしても戦術的なトレーニングの時間が限られてしまいます。すでに今大会グループステージのチームスケジュールは完璧に組まれているとは思いますが、次試合会場への移動のタイミング、方法などもあらゆる面から検討しなければなりません。
その点、森保一監督がロシア大会を経験しているのは大きなアドバンテージになると思います。監督や松本良一フィジカルコーチ、メディカルスタッフらがどういった決断をしたのか、私自身とても注目している部分です」
――ロシア大会では第3戦のポーランド戦で先発を6人入れ替えています。ラウンド16のベルギー戦は2点リードしながらも後半途中から3点を奪われて逆転負けを喫しますが、ポーランド戦で入れ替えた効果なのか、過去3度あるラウンド16の戦いのなかでは一番コンディションが良かったようにも感じました。
「2002年日韓大会のトルコ戦は多少メンバーを入れ替えたとはいえ、コンディションの観点から言うと、全体的に集中力も含めてエネルギーが足りていなかったような気がします。南アフリカ大会は高地対策もできてコンディション的にも良い感じでラウンド16に進めたと感じましたが、試合後の選手からは“パラグアイ戦はガス欠でした”との声も聞かれました。
ワールドカップでの選手たちは、通常の試合よりも大きな力を出していると思います。しっかり回復させていると思っても、特に日本のように初戦からすべてを出し切る必要があるチームは、大会が進むにつれて選手の疲弊感はとても大きくなってしまいます。ロシア大会ラウンド16ベルギー戦は後半の終盤で逆転されてしまいましたが、3戦目のポーランド戦でターンオーバーしたことで、日韓大会のトルコ戦、南アフリカ大会のパラグアイ戦に比べると、それまでにない良い状態で臨めたラウンド16だったと感じています」
――コンディショニングにおいて、ロシア大会ではほかにどのようなことがうまくいっていたと感じていますか?
「グループステージ2戦目を終えて勝ち点4にできたため、次戦のポーランド戦、ラウンド16までを見越して計画が立てられたと思います。セネガル戦の翌日には出場機会の少ない選手がトレーニングパートナーとして帯同(それまでは数人の選手がトレーニングパートナーとして帯同するのみだったが、初の試みとしてチームとして帯同)していたU−19代表チームとフルコートで試合形式のトレーニングを行なえたことで、サブ選手のコンディションを高いレベルで維持することができたと思います」
鍵を握るトレーニングパートナーの存在
――今回も同じようにU−19代表からトレーニングパートナーが参加すると聞いています。
「ロシア大会の経験が活きていると思います。2002年の日韓大会のときにはグループステージの試合2日後に地元の大学生と練習試合を行なって、サブに回った選手の試合体力と試合勘が落ちないように、コンディション維持を図りました。中山(雅史)、秋田(豊)の両ベテランが練習試合となると“裏ワールドカップ”と称してチームや若い選手を引っ張り、非常に集中したトレーニングを行なえたことが、サブに回った選手たちのコンディションを維持できた大きな要因となったと思います。
後年、数回のワールドカップを経験して、日韓大会の両選手のように出場機会が少なくても精神的にチームを引っ張ってくれる存在はとても貴重だと痛感させられたことを思い出します」
――控え選手のコンディションがいいから、入れ替えもやりやすくなるという側面も出てきますよね。
「当然そうなります。身体的なコンディションだけでなく、精神的なコンディションも維持させなければなりません。選手にとって夢の舞台であるワールドカップですが、1カ月以上の共同生活で日頃では感じないようなストレスを受けることになりますし、所属クラブでは中心選手として活躍する選手であっても出場機会を与えられない選手もいるわけです。
監督やスタッフにとって大会前の準備期間から大会期間中にどうやって身体的、精神的コンディションを維持させるかは、どの大会であっても大きな課題になると思います。ロシア大会では大会直前に監督交代があって、自然にチーム内に危機感みたいなものが生まれて、これまでにない形でチームに一体感が生まれたような気がします」
プラス3人をどう使いこなすか
——今回も一体感を持てるかどうか、は大切な要素ですね。
「今回の登録選手はこれまでの23人から3人増員されて26人となっています。5人の交代枠といっても出場機会のない選手は必ずいると思います。チームのコンディション、選手個々のコンディションを見極めて、森保監督とスタッフがどのようにコントロールしていくかがベスト8進出への鍵になると思います」
――早川さんはこれまでずっとスタッフとしてチームのなかに入っていたわけですが、今回は外から日本代表を応援する立場になります。どのように期待されていますか?
「森保監督はロシア大会にアシスタントコーチとして帯同していますし、私が一緒にやってきた選手も数多くいます。これまでの経験を存分に活かしてチームが一体となって戦ってほしいなと思います。特に川島(永嗣)、長友(佑都)、吉田(麻也)など、経験豊富な選手たちは、監督とはまた違う立場でこれから起こりうることをイメージして行動できますし、試合に出場してもしなくても色々な面でバランスを取りながらチームを一つの方向に導いてくれると思います。
すべての準備を終えて、心身ともに充実したコンディションでワールドカップに臨む代表チームのベスト8への道を日本からしっかり見届けたいと思います」