「いよいよ始まるなという気持ちです。初戦はどんな大会でも簡単ではない。グループステージを突破する上でウエイトが大きくなると思うので、自分たちが自信を持って勇気を出して戦うことが大事かなと。ドイツはレベルも非常に高いし、経験もある国なので簡単な試合にはならない。一人ひとりがハードワークして、団結して戦わないといけない。そこが日本の良さだと確信していますし、そこがカギになる。それを開始1秒から見せていけたらいいと思います」
FIFAワールドカップカタール2022の初戦となるドイツ戦を翌日に控えた22日。公式会見に臨んだ吉田麻也は神妙な面持ちを浮かべながらこう言った。森保ジャパン発足時からキャプテンの重責を務めてきた男にとって、まさに今大会はキャリアの集大成。「サッカー人生で一番いい大会にしたい」というのは偽らざる本音に違いない。
思い起こすこと2018年7月3日。日本がロシアW杯ラウンド16のベルギー戦で衝撃的逆転負けを喫した翌日、キャンプ地のカザンでのメディア対応で、長谷部誠の代表引退を問われた彼は「どうあがいても長谷部誠にはなれない」と人目をはばからずに号泣。次のリーダーを引き受ける覚悟を固めたのだ。
それからの4年4カ月というのは、紆余曲折の連続だった。堂安律、冨安健洋ら若いタレントが台頭する中、2019年のアジアカップでタイトルを逃したのが、最初の想定外。2019年9月からスタートしたW杯アジア予選も序盤から苦戦。森保一監督の解任論もヒートアップした。
そして2020年。吉田は出場機会を求めて長年過ごしたサウサンプトンからサンプドリアへレンタル移籍したが、直後にコロナ禍に突入し、代表活動の長期間停止を余儀なくされる。同年10月には何とか再始動できたものの、欧州組と国内組の移動バスを分けたり、円卓で食事ができないなど、意思疎通の問題に直面し、キャプテンも思うようにならない状況に頭を抱えたはずだ。
2021年には1年延期になった東京五輪に参戦。吉田もオーバーエイジ枠の1人としてフル稼働したが、悲願だったメダルを獲得できず、悔しさを爆発させた。直後からスタートしたW杯最終予選も序盤で3戦2敗。崖っぷちに追い込まれ、「ダメなら責任を取ります」と彼自身が語気を強める事態にまで発展する。サウジアラビアから戻る機内で川島永嗣と深刻そうに話す姿がJFAの密着動画に映し出されるなど、とにかく吉田は「チームを何とかしなければいけない」と奔走し続けた。
努力の甲斐もあって、日本は尻上がりに復調。田中碧、三笘薫ら東京五輪世代の台頭もあって何とか7大会連続切符を手にしたが、本当に冷や汗の連続だったのではないか。
とはいえ、自身は世界の舞台を半年後に控えた重要な時期にサンプドリアとの契約延長が叶わず、新天地を探す羽目になる。「W杯前の移籍はリスクが高い」という声もあり、安定してプレー機会を得られる国内復帰もささやかれたが、幸運にもシャルケからオファーが届くに至った。
「ドイツと対戦すると知った時から、ドイツの分析をしてきました。彼らと実際に戦った経験は、ビデオを見るよりもはるかにいい分析になっている。それは僕がブンデスリーガに行った理由でもあります。ドイツサッカー、ドイツの文化、W杯の対戦相手を理解するために、自分のフィジカルコンディションを高いレベルでフィットさせるために移籍を決断した」と吉田は静かに言う。
とはいえ、シャルケは目下、リーグ最下位と苦境にあえいでいる。15試合の総失点数も32とボーフムに次ぐワースト2番目。34歳のベテランDFへの風当たりは厳しくなる一方だ。しかし、こういったネガティブな経験も含めて、全てがW杯のためになると彼は信じて、前向きに歩み続けてきた。それを凝縮させ、ドイツ戦に注ぎ込むこと。それしかないのだ。
「この4年間はこのW杯に賭けてきたと言っても過言ではない。だからこそ、やれることを全てやりたい」と本人も目をぎらつかせていた。
ドイツの抑えどころは、やはりバイエルン勢がズラリと並ぶ豪華な中盤だ。
「(ジョシュア)キミッヒのところをどうやって抑えるかがポイントになる。(11月12日のバイエルン戦は)真ん中で来るかなと思ったらサイドバックだったので、ちょっと肩透かしを食らった(苦笑)。ただ、こういうタイミングで球を出してくるなとか、こういう体の向きでボールを受けてしっかり視野をとってくるなとか、そういうのが分かっただけでもすごく大きかったなと思います」
直近の対戦からヒントを得たという吉田。そういった経験値を板倉滉、遠藤航、鎌田大地ら多くのブンデスリーガ所属選手が共有しているのは心強い点だ。
彼らと英知を結集して、優勝候補の一角を撃破し、日本の史上初の8強入りの布石を打てば最高のシナリオ。そして最終的には“新しい景色”を見ることができれば、キャプテンも報われる。涙を流したあの日からの成長を日本、そして世界に堂々と示してほしいものである。
取材・文=元川悦子