ついに幕を開けたカタール・ワールドカップ。森保一監督が率いる日本代表は、いかなる戦いを見せるか。11月23日、初戦の相手はドイツ。ベスト8以上を目ざすサムライブルー、26の肖像。最後はDF吉田麻也(シャルケ)だ。

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 過去3大会は長谷部誠(フランクフルト)が務めていた代表キャプテンという役割は、当たり前のように吉田麻也に継承された。根っからの明るさ、責任感の強さ、発信力。そういった要素を考えれば、大役を任されるのは、自然の流れだ。

 ただ、その重圧は当人にしか分からないのかも知れない。「麻のように、揉まれるほど強い人間になってほしい」という両親の願いから、『麻也』と名付けられた吉田は、名古屋のアカデミーでもキャプテンを担っていた。

 2007年のトップ昇格後、徐々に出場機会を増やし、翌年にドラガン・ストイコビッチ監督(現・セルビア代表監督)が就任すると、レギュラーとしてチームを支えながら、北京五輪にも出場した。

 当時の五輪代表監督だった反町康治技術委員長は、多くの才能あるセンターバックがいるなかで吉田を抜擢したが、その人間性と将来性を高く評価し、期待していたようだ。
 
 2009年に若手中心で挑んだイエメン戦でA代表デビューを飾ったが、正真正銘のA代表となったのは、オランダのVVVフェンロに加入し、2シーズン目にようやくポジションを掴んだ頃の2010年12月だった。

 当時のアルベルト・ザッケローニ監督が、カタールで行なわれたアジアカップのメンバーに選出すると、初戦のヨルダン戦で後半アディショナルタイムに決勝点を挙げ、そのまま主力としてアジア王者に輝いた。

 2012年のロンドン五輪ではオーバーエイジで選ばれ、キャプテンとしても支えたが、惜しくもメダルを逃した。14年のブラジルW杯にもフル出場し、グループステージ敗退と悔しさを味わった吉田が、A代表でもキャプテンマークを巻いたのは意外なタイミングだった。

 18年のロシアW杯のアジア最終予選、アウェーのUAE戦を前に長谷部がメッセージを託して離脱。その思いを背負った吉田は、日本の命運を左右する大一番でチームを支えて、完璧な勝利に貢献した。

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 欧州で挑戦を続ける吉田は、長谷部をオンオフ両面で慕ってきた。ベスト16に進出したロシアW杯後、長谷部が代表引退を表明した時に、後継者は既定路線となっていた。

 この4年半はカタールW杯を目ざすと同時に、2020年に東京五輪があり(実際は1年延期で21年夏に開催)、森保一監督が両方の代表を兼任したのは周知の事実だが、吉田がオーバーエイジとして3度目の五輪を経験することも、半ば予想されていた。

“1チーム2カテゴリー”を謳うなかで、昨年の東京五輪で吉田は遠藤航(シュツットガルト)、酒井宏樹(浦和)と共に若いチームを支えた。3位決定戦でメキシコに敗れ、またしてもメダル獲得はならなかったが、ここから多くの選手がA代表に定着する流れで、吉田の存在はまた1つ、重要度を増した。

 カタールW杯の最終予選では、初戦でオマーンに敗れ、3試合目で迎えたアウェーのサウジアラビア戦にも敗れると、キャプテンとして強烈な批判の矢面に立った。
 
 どんな時も逃げることなく、正面から困難に向き合ってきた吉田は現在34歳で、個人としては肉体的な斜陽も隠せなくなってきている。しかし、ディフェンスリーダーでもある吉田の影響力は日本代表に欠かすことはできない。

「身の丈に合ったサッカーをしなきゃいけないことも分かっているし、ただ、そのなかでやっぱりビッグサプライズを起こしたいっていう強い野心も持っている」

 チームの理想と現実をしっかりと把握して、指針を定めていく絶対的なリーダー。ディフェンダーとしても、この大舞台でキャリア最高のパフォーマンスを示し、日本の躍進を支える姿にも期待している。

文●河治良幸