フォーメーション変更の効果は、早くも後半開始4分過ぎに表われていた。

 ドイツは自陣ゴール前からビルドアップを始め、CBのニコ・シュロッターベックから左SBのダビド・ラウムへと繋ぐ。この時点でシュロッターベックには伊東純也が、ラウムには酒井宏樹が圧力をかけており、ラウムは同サイドのジャマル・ムシアラに縦パスを送るが、この刹那、日本はプレスバックした酒井とCBの板倉滉がムシアラを挟み込み、寄せて来た遠藤航が回収した。

 敵陣で効果的にボールを奪った日本は、その流れから最後尾の吉田麻也と冨安健洋までもがハーフウェーライン付近まで押し上げて構築に参加。今度は右サイドで酒井と伊東の連携からペナルティエリアへ侵入し、最後は鎌田大地が際どいシュートを放っている。

 これだけでも前半との相違は明白だった。

 前半のシュロッターベックは余裕を持って攻撃の起点としてフィードを繰り出し、ラウムはウィンガーのように高い位置を取り、逆に伊東を自陣の低い位置に閉じ込めるなど日本の攻撃を無力化していた。8割に近い圧倒的なポゼッションを記録したドイツは、ハイテンポで日本の選手たちを吸い寄せては繋ぎ、さらにはムシアラやニャブリがアクセントをつけ、面白いようにチャンスを創出した。

 過去6大会で日本も何度か優勝候補と呼ばれる国と対戦してきたが、例えば初出場した98年フランス大会のアルゼンチン戦と比べても、世界の頂きは遠退いたと言わざるを得ない惨憺たる内容だった。
 
 だが後半に入ると森保一監督は、今まで4年間で1度も見せたことのない勝負師の一面を披瀝した。まるで負ければ終わるノックアウト方式に見立てたかのように、強気のカードを切りまくるのだ。冨安を入れて5バックに変更した後は、左ウイングバックを長友佑都から三笘薫、トップを前田大然から浅野拓磨への引き継ぎ、ここまでは常道とも言えた。

 しかし次の一手が、ボランチの田中碧に代えて堂安律。右ウイングバックの酒井の代わりには南野拓実。要するにピッチ上にはオールスター戦を思わせるかのように6人のアタッカーを揃え、両ウイングバックに伊東と三笘を配すギャンブルを仕掛けた。
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 前半は「このまま終わったら一生後悔する」という鎌田の言葉通り、日本の長所を一切引き出すことができなかった。だが一転して後半は、攻撃のタレントを総動員して、ドイツを守備に回すことで前半のシナリオをひっくり返した。もちろんオープンな打ち合いの末に惨敗のリスクもあったが、これで負けたら仕方がない、という腹の括り方が透けて見えた。

 思えば、大迫勇也、原口元気らの功労者や、今勢いのある古橋享梧や旗手玲央を外す決断を下すあたりから、森保監督は変わり始めていたのかもしれない。ぶれない姿は時として頑迷にも映りがちだが、それでいて東京五輪等を経て教訓も手に入れ、今回は「総力戦」を強調する。今なら試合前の「26人全員が戦える状態にある」という半ブラフにも凄味を感じる。迅速な変化や仕掛けとは対極にあった指揮官が、大舞台で満を持して本性を見せたのだとすれば、まさに一世一代の大芝居だった。

 長身選手が多いドイツ戦だからこそGK権田修一の起用には疑問符がついた。実際ヨシュア・キミッヒは、最初のCKでいかにも緩やかなボールを送り、空中戦の優位性を示そうとした。だがその権田がセルジュ・ニャブリの決定機2本を止めた瞬間に、日本逆転の予感は高まった。しかも逆転弾を決めたのが秘蔵っ子の浅野だったわけだから、これは指揮官の信念の勝利と言うしかない。

 一方、伊東、三笘のウイングバックや鎌田のボランチ起用等は、彼らの経験を照合したうえでの期待を込めた采配だろうが、いずれにしても結果的にはデータにない選手配置に、ドイツベンチの混乱は明らかだった。
 
 しかし快挙の後も、何人もの故障者を乗せた日本丸は紙一重の総力戦が続く。ベスト8以上の目的地到達のためには、できればスペイン戦を心置きなくターンオーバーで臨める状況を築きたい。

文●加部究(スポーツライター)